66 夏から秋へ、そして 7 三人目の少女
いらしてくださり、ありがとうございます。
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茜は拓に、携帯端末の写真を見せた。
三人目の少女、茅野小雪が自分を産んだ人間であると。
茜は目を伏せ、じっと写真を見つめた。睫毛が細かくふるえている。
拓も、再び写真を覗き込んだ。それから茜の顔を窺った。そしてまた写真を以下略。
「そんなに、ちらちらわたしの顔と見比べないでよ」
「すまない」
今日はともかく、ふだん元気で明るいオーラにあふれている茜と違い、色白おさげ美少女である茅野小雪は、はかなげな雰囲気だった。
顔も、ぱっと見で親子とはわからない。強いていえば、二重の目がわずかに似ているのと、顎の細さが共通していることくらいか。
茜の方が、目が大きく額も広い。
「今も、村にいるのか? この人」
茜は拓を見据え、ゆっくりと首を横に振った。
「わたしがまだ赤ん坊の頃に、亡くなったんだって、事故で。お母さんが言ってた」
茜は肩をすくめ、深々と息を吐き出した。
「続き話してもいい? 厭じゃなければ、拓にも聞いてほしいんだ」
「話したいだけ話せ。お前が話すのが厭になるまでは、俺はここにいる」
「わかった。ありがとう」
茜の顔は少し赤くなっていた。
「本当の……ちょっと違うな、生物学的なお父さんとお母さんと、まだ赤ん坊だったわたしとが車に乗って出かけたとき、事故に遭ったんだって」
茜はそこまで言うと、ソファに座り直し、背筋を伸ばした。
「ひどい衝突事故で、運転してた生物学的なお父さん――あーもうややこしいから『生物学的』の『せい』のSで、お父さんSは即死、お母さんSも数日後には息を引き取ったそうよ」
「そいつは……」
拓は口ごもった。
茜になんと言葉をかければいいのかわからない。
「大変だったな」と思ったけれど、迂闊にそう言えぬほどの話の重さだ。
「ご愁傷さま」も「お前は運が強かったんだな」も、まったくこの場にそぐわない言葉に思える。
茜はまたうつむいてしまった。わずかな間に顔が青ざめ、唇からも血の気が失せている。
次に茜が顔を上げたとき、彼女は片手でテーブルの端を掴み、反対の手をその上にぴたりと重ねていた。よく見ると、震える手を懸命に押さえているようだった。
大きな目は異様に光って、熱にでも浮かされているみたいだ。
「お母さんS――やっぱり小雪さん、って呼ぼう――小雪さんにはきょうだいがいなくて、両親にも頼れない事情があったらしいの。親戚も、みんな今の家族で暮らしていくので精一杯だったみたい」
エビドリアとシーザーサラダ、ハンバーグと二種のフライのAセットがいっぺんに来た。
熱々の湯気やジュウジュウいう音とともに、ホワイトソースのクリーミーな匂いやハンバーグプラスソースの濃厚な匂いが拓の食欲を刺激する。
少しずれて、二人とも腹が鳴った。
「ごめんね」
「なぜ謝る? 生理現象だ」
「……そ、そう? なんか、お腹同士で会話してるみたい」
茜の顔にようやく、赤みと笑顔が戻った。
二人は食べながら話を続けた。といっても拓はほとんど聞き役だったけれど。
茜の生物学的な父親、すなわち父親Sの方も、状況は似たようなものだった。
父親Sのきょうだいは歳が離れた妹のみ。
彼の父親つまり茜の祖父は、以前から体調を崩して入退院を繰り返していた。
その妻は息子の死で半狂乱になり、とても孫の面倒を見るどころではない。
両家の親戚の間で、茜を施設に入れる、という話がまとまりかけた。
そこに「待った」をかけたのが、拓の母親である美花子と、茜の現在の母親である和恵だったというわけだ。
「美花子さんはお腹に拓がいたから、うちのお母さんがわたしを育てることになったみたい」
「けど、友情ってだけでそこまでやるか? 普通」
「わたしもそれは思った……あっ!」
茜の手から銀色のスプーンがすべり落ちた。拓が手を伸ばしたときには、それはもうテーブルの下にダイブしていた。
「俺、スプーンいらねえからこれ使え」
拓は、テーブルに置かれているケースからスプーンを掴み、彼女に渡した。
「ありがと。なんだろ、自分で思ってるより動揺してるのかもね」
小さく笑う茜の声は、震えている。
「動揺して当然だ。無理すんな」
「うん」
茜はスプーンでガッとエビドリアをすくい、ことさらに大きく息を吹きかけた。
同じようにして立て続けに何口か食べる。はほっはふっ、と息を交えて熱さと格闘している。
こいつ、こんな顔もするんだ。
不謹慎かもしれないが、拓には新鮮に見えた。
「変だね。エビドリアってこんなにしょっぱかったっけ」
「そりゃお前、エビは海にいたわけだし、メニューにもナトリウム何ミリグラムって書いて……おわっ」
茜の頬を、涙が流れていた。
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