62 夏から秋へ、そして 3 美花子と○○○○○弁当
いらしてくださり、ありがとうございます。
===
水原拓は、高校の園芸部で一緒かつ幼なじみの土屋茜から、重大な話を打ち明けられた。
そこへ拓の母親、美花子が帰ってきた。
「おかえり」
「おかえりなさい」
拓は茜とともに玄関で母、美花子を迎えた。
「ただいまっ、と。あら茜ちゃん、ついにうちの子になってくれる気持ち固まったの? うれしい!」
靴を脱ぐなり美花子は、茜に抱きついた。
しなだれかかるように、むぎゅっと体を密着させている。
……「うちの子」って! しゃれになんねえ!
と拓は思った。
が、茜は困った顔をしつつも、「いえ、そうじゃないんですけど」などと大人な対応をしていた。
「あ、逆ぅ~? 拓が茜ちゃんちの子になるのかしら? そもそも、家単位で考えちゃうところがおばさんの考えの古さよね~、ごめんごめん」
美花子の顔はほんのりと赤く、息は酒臭い。言葉もふだんよりろれつがまわらず、語尾がやたら伸びている。
朝はパリッとしていたロイヤルブルーのシャツもグレーのパンツも、心なしかてろんとしている。
「いやぁ、今日も徹夜かと思ったけど、意外と早くかたがついてね。やっぱり、交渉の切りしろはたくさん用意しとくに限るわ~」
美花子は、二人をダイニングキッチンに押し戻すように歩を進めた。
そして、手に提げていた袋を、ぷらんとさせた。中には二つの箱があった。
「会社出て、軽く一杯ひっかけてもまだ売ってたから、うれしくて買っちゃった」
白と朱色の包み紙の奥から、塩気と脂のほどよく混じりあった美味そうなシュウマイの匂いが漂う。
手洗いとうがいを手早く済ませると美花子は、さっそく一つめの包みを開け始めた。
「もう一個のは、おかず用に買ってきたけど、よかったら、今一緒に食べない? みんなで食べた方が美味しいだろうし」
「いい。めしは食った」
「わたしも、お気持ちだけいただきます」
「そっかぁ、残念。じゃ、遠慮なくいただくね。もう、二人とも何突っ立ってるの~? 座って座って」
美花子は割り箸を割りつつ、潤んでとろんとした目で、拓と茜に微笑みかけた。
残りの包みを拓は冷凍庫に入れ、立ったままの茜を見た。
いちおう笑ってはいる。けれども、くっと力を込めたように眉根が盛り上がり、まなざしの奥にも張りつめたものがある。
指先は短パンの裾をきつく掴んでいる。
帰ることもできるはずなのにそうはしない。
訊きたいことが山ほどある。だが、空腹の美花子を思いやって口に出さずにいる、と拓には感じられた。
そういう拓自身も、さっきから心臓の鼓動がやたら大きく聞こえている。
「あ、茜ちゃん」
美花子の目に、しらふのときのすっきりした光が戻った。
突っ立ったまま返事をする茜の顔が、こわばる。
「シュウマイ弁当のアンズは、最初に食べる派? 最後に食べる派?」
「さ、最後に食べる派ですっ」
拓の横で茜は、素早く何度も瞬きし、短パンの裾を下の方に引っぱった。
「おぉー、一緒だ。なんかうれしい」
美花子は、グリーンピースが乗ったシュウマイを豪快にほおばった。
それから、小さな俵型に結ばれて並んでいるご飯に昆布の佃煮を乗せ、ぱくついた。
弁当には、シュウマイのほかにも、さまざまなものが入っている。
拓は唾を飲み込んだ。
鶏の唐揚げ、野菜の煮付け、ピンクと白のかまぼこ、黄色い卵焼き、オレンジ色の干しアンズ。
しょっぱいのから甘いのまで、あたたかみのある、見ただけでちょっと緊張がほぐれるような色あいの食べ物が、箱にぎっしり詰まっているのだった。
美花子が次に促したとき、二人は彼女の向かいの席に並んで掛けた。
あっという間に、美花子は弁当をほぼ食べ終わった。
「茜ちゃん一人加わるだけで、ほぉんと、食卓が華やかになるわね。お父さんが――あ、わたしの夫ね――がいるときとはまたぜんぜん違う雰囲気っていうか。ところでさ、あなたたち、けんかでもした?」
挑むような目の輝きとともに、美花子はティッシュで口を拭った。
「してねえよ!」
拓は即答した。
茜も拓を見上げ、うなずく。
「そうぉ? けど、単にわたしがイチャラブを邪魔した、って感じでもないのよね」
「イ、イチャラブなんてねえよ! 」
美花子の言葉が終わるか終わらないかのうちに拓は否定した。
茜も、なぜか拓を睨んだあと、さっきよりも激しく、首を縦に振った。
「うーん。どう受け止めたらいいのかしら」
美花子は頬に手を当て、首をかしげた。
「単刀直入に訊く。おふくろ、あ……茜は、俺のきょうだいなのか?」
拓は母親の目をまっすぐ見つめた。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。
ご来訪に心から感謝いたします。




