06 二度目の春が来て 6 青い髪の女生徒
濃い青のストレートなロングヘアを持つ女生徒が、腕組みをして立っていた。
身長は拓より低いが、恭平よりは高い。女子としては高い方だ。
眦がシャープな目の奥で、不機嫌さが銀河みたいに渦巻いている。
「園芸部の部室、誰もいないんですけど」
彼女は、手をほどくと、長い髪を煩わしげに掻き上げた。
森の香りみたいな匂いが、辺りにふわっと広がる。
「フィトンチッド!」
薫が小声で叫び、すぐに自分の口を手で押さえた。
女生徒は、冷ややかな目で薫を見下ろした。が、すぐに視線を上げた。
「ごめんなさい。ちょっと取り込んでて。一緒に戻りましょう」
茜が女生徒を促した。薫も二人についていく。
「お、おい、俺は……」
「拓はチラシ配ってて!」
う、と固まった拓の背を恭平が、ポンッと押した。
「俺がついてるってばさぁ」
恭平は拓の手からチラシを半分くらい奪った。そしてさっそく、廊下を行く新入生に声をかけ始めた。
「ちょっとそこの彼女ぉ、花とか興味ないぃ? 俺ら、園芸部なんだけどさぁ」
「地域住民の相談に乗るって、こんなことなんですか?」
部室で展示をひととおり見た少女は、フンッと鼻から息を吐き出した。
「まあ、短い文章にまとめるとどうしても無機的になっちゃうよね。実際に体験すると、ぜんぜん違うわよ」
「何がですか」
「単なる作業じゃないの。体を動かして、汗をかくのも気持ちいいし、花と……あ、花だけじゃないか、植物と…………それを植えた人たちとのかかわりを、ほんの一瞬だけど、見ることができる」
茜は言葉の途中で目を伏せ、胸に手を当てた。
薫も、茜の顔を見上げ、複雑そうな表情を浮かべる。薫自身も、何かを思い出しているようだ。
「そんなものを見て、なんになるんです。くだらない」
思い出ムードになりかけた空気が、ばっさりと斬られた。
女生徒はさっきよりも激しく髪を掻き上げ、肩を回した。
言葉を発したあと固く結ばれた唇の端は、うんと下がっている。
「くだらないかどうかは、やってみてから言ってほしいわね」
茜は明るい声のまま、彼女を見据えた。
リップクリームを塗ったピンクの唇が、キランと光る。
女生徒は眉根に皺を寄せ、いまいましげに茜を見つめ返した。
「まあいいわ。次は花壇を見せてください」
口角を下げたまま、背の高い少女は腕組みをしたのだった。
その間、廊下の方はどうなっていたかというと。
「にしても、どうして転校してきたんだ」
チラシ配りの合間に、拓は恭平に尋ねた。
「え~? 別に今そこ重要じゃないっしょ」
恭平はにやけながら、飄々(ひょうひょう)と答える。
それまでの口調の軽さが笹の葉だとしたら、今の答えの軽さはタンポポの綿毛ってところか。
口を動かしながらも、そばを通る新入生にしっかりとチラシを渡しているのは凄いが。
恭平を見つめる拓の脳裏に、前年の秋、彼の家から帰るさい道ですれ違った二人組の姿が浮かんだ。
学生服姿でニキビ面の太った男と、セーラー服に身を包んだ、くりんくりんした髪型で悪魔のような目つきの女。
彼らは「キョーヘー」の悪口を言い合い、こちらの耳が痛くなるような声で笑っていた。
彼らは恭平が話していた、彼にとって「大事な」人間たちではないか?
持っていたドクロの小物からも、拓はそう思った。
「キョーヘー」という名の人間はたくさんいるし、漢字もたくさんある。ドクロの小物も、持っている子はたくさんいる。
茜にはそう言われたけれど。
「何ぼんやりしてんのさぁ。まぁた手ぇ止まってるぜ?」
恭平に肘で脇腹をつつかれ、拓ははっとした。
そこへ、ゆるくふわっとした茶髪ボブカットの女性が走り込んできた。
新入生と同じくらいの年頃に見えるけれど、服が違う。
ショート丈のワンピースは、花開く赤いチューリップとウェイビーで長く尖った葉とを髣髴とさせるものだった。
もっちりした顔の頬は紅潮し、もともと大きめな目がさらに見開かれている。
青い髪の女生徒があまりに不機嫌なので、脳内で「亜麻色の髪の乙女」(ヴィレッジ・シンガーズや島谷ひとみが歌っていた方)を再生して影響を中和しました。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。