59 二度目の春が来て 59 後日談4
いらしてくださり、ありがとうございます。
《二度目の春が来て》最終話です(連載は続きます)。
いつもより長め、約2600字になっております。
すみません、空白、改行を含むと約2800字でした。
「ごめんなさい。アンジーさんの言うことはもっともだと思います。筋も通ってるし」
茜は、さくっと彼女に頭を下げた。
「けど、『華眼師は自分だけだと思うか?』ってわざわざ拓に訊いたりしたのって、なんか、それだけじゃないんじゃないかな、って気がして」
「どういうことだよ!」
拓は立ち上がった。
思ったより大きく自分の声が響き、辺りを見回す。
「わたしよりは、拓の方がわかりそうだけどな。正解かどうかは、もう、知ることができないけど」
茜は、困ったような顔で少しだけ口角を上げ、拓を見つめている。
茶色い大きな目は、潤んで強い光を放ち、じっと問いを投げかけているようだ。
茜の顔やポニーテールにした茶髪、蝶結びにしたピンクのチェック柄リボン、白い縁取りがある紺ブレザーとその下のシャツが作り出す豊かなふくらみが、夕陽を受けて光っている。
拓は唾を飲み込んだ。何度も飲み込んだけれど言葉が出ない。
茜もずっと黙っている。
途中で彼女はちらっと視線を斜め下に落としたり、結んだままの唇を、わずかにもにゅっと動かしたりした。
そのほかは、瞬きもせず、拓をまっすぐに見据えていたのだった。
やがて茜は、微笑んだまま小さく息を吐き出した。
「いつか拓が、自分で考えた答えを言ってくれたら、わたしの考えを話すよ。何年先かわからないけど。じゃあ今日はこれで」
茜は、うつろな目をした高華に礼を言うと、彼女を抱きかかえるようにして、行ってしまった。
――お前わかった?
――いいえ。
アンジーはきっぱりと答えた。
その日じゅう拓は、茜が言ったことについて考えてみた。
けれどもまったく、答えは出ないのだった。
「ほんとにいいの!?」
「うん。だって、家に送ったらまずいでしょ?」
花壇での作業中、近くにいる可音と薫の会話が拓の耳に入ってきていた。
どうやら、可音は声優を養成する学校の資料を集め始めたみたいだ。
学校や塾の帰りに立ち寄れる所にはすでに行き、ネットでの情報収集もやっているようだ。
ただ、遠い学校の詳細な情報については、資料や申込書を自分で取り寄せなければならないらしい。
「けどぉ、おうちの人に何か言われない? はるしーに迷惑かけたくないよぉ」
「平気。うちの親、そういうとこうるさくないから」
愛想はないものの、薫の声も心なしか弾んでいる。
はるしー、というのは薫の苗字が春島だからか、と拓は思った。
可音は細い腕と手を器用に動かしつつ、新しい花の苗をポットから引き抜いた。
根鉢が崩れることなく、苗はすぽっと抜ける。
苗をあらかじめ掘った穴に置くと、可音はゴム手袋をしたままの手の甲で額の汗をぬぐった。
おかっぱみたいに、襟足近くでまっすぐ切りそろえられたボブカットの髪が、風になびく。
男……なんだよなあ。
拓は改めて可音の全身を見た。
高い声でもじもじしながら薫と話すさまは、ジャージ姿のすっぴんでもなお、美少女に近いものがある。
園芸部で活動を始めて間もない頃は、可音は作業のつらさなどによくキレていた。
そのたびに皆で羊や犬――愛犬チロ――を数えさせ、気を静めさせていたけれど、この頃ではそういうこともずいぶん減ってきたのだった。
ちなみに、つい最近、彼は園芸部に入部届を出し、正式に部員となった。
「そこ、いちゃいちゃしなぁーい! 手ぇ動かす手ぇ!」
恭平が伸び上がり、ハンドスコップを二人に突きつけた。
「いちゃいちゃなんて、してない!」
薫が黒目をぐっと持ち上げて恭平を睨む。顔が真っ赤だ。
「そうですよ。手も動かしてますぅ!」
大声で答えた可音を、恭平はジト目で見つめた。
「はるしー~~~、メルシー(筆者注:Merci。フランス語で『ありがとう』の意)~~~、アイシー(筆者注:I see。英語で『わかった』の意)~~~ってか! ケッ!!」
「ぼくはともかく、はるしー……まさんは悪くないです! 長庭先輩こそどうなんですか!」
素早く苗を植え次のポットから苗を取り出す可音のこめかみに、太い青筋が浮かび上がった。
「俺? 俺はさぁ、ちゃぁんと仕事してるよー!」
恭平はハンドスコップを高く天に突き上げ、腰に手を当てた。
可音は、体をぶるぶると震わせている。
「桜前、チロ数えてチロ」
薫が可音に囁く。
「くそ……! チロが一匹、チロが二匹、チロが三匹ぃいいい……!!」
彼は歯を食いしばり、目を血走らせて土を掘った。
「というか、あなたの方がサボってますわよね? あの二人は話をしながらちゃんと作業をしています! でもあなたのハンドスコップ、それ、なんですか!? 方向指示器? それにさっきから、トイレに行くだの脱水だから水を飲むだの、しょっちゅうどこかに行って! 人を注意する前にまず自分でしょうが!」
高華がつかつかと恭平に近寄り、言葉を吐きながら何度も首を回した。
そのたびに青い髪のツインテールが恭平の頬を打った。
ふだんは長い髪を下ろしているけれど、この頃、園芸部の活動に参加するとき、高華はいつもツインテールにしている。
まだ入部届は出していないとはいえ、彼女はほとんど毎回、部活に加わっている。
家業の活け花の仕事は大丈夫なんだろうか、と拓はぼんやり思う。
「ふごっ!! 暴力反対! つうかさぁ何仕込んでんの!? そのツインテール!」
吹っ飛びながら恭平が叫ぶ。
「あら失礼。こんなところに赤玉土と緩効性肥料の袋が絡まっていましたわ」
眦が尖った目で蔑むように、高華は恭平を見下ろした。
そして、
「花とともにキューティクルもケアしないと」
とクールな表情のまま、ツインテールからそれらの袋を分離したのだった。
「こっち、まだ手つかずですわよ」
彼女は恭平を引きずっていった。
拓の視線が、自分と同じくしゃがんで苗を植え替えている茜の視線をとらえた。
「いつか拓が、自分で考えた答えを言ってくれたら、わたしの考えを話すよ」
と数週間前に言ったときと違い、茜の目は、複雑な感じのしない、はつらつとした光に満ちている。
どちらからともなく吹き出すと、二人は笑い合った。
茜は口を大きく横に広げ、白い歯を見せて笑っている。
チューリップとも、パンジー・ビオラとも違う。が、何か満開の花に近い、明るい笑顔だ。
やっぱりこいつは、こういう笑顔がいいよな。
と拓は思ったのだった。
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございました。
ご来訪に心から感謝いたします。
《二度目の春が来て》はこれにて終了ですが、連載はまだ続きます。
連載再開は、今のところ5月下旬頃になる予定です。




