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58 二度目の春が来て 58 後日談3

いらしてくださり、ありがとうございます。

 ――でも、花の精なのですから、見たらその人間の過去はわかるはず。あとは、彼女の気持ちの問題だと思います。

 そして、ほかの所の見回りがあるから、と去っていった。


 拓はしばらく下を向いていた。が、やがて顔を上げた。

 ――俺はここの園芸部長、水原拓みずはらたくだ。人間だが、花の精が見える。よろしくな、チュリエ。

 ――よ、よろしくお願い、します。

 目をつぶって、チュリエは頭を下げた。体が震えている。

 再び頭を上げると、彼女は走って去っていった。



 数週間経っても、チュリエは拓の前に姿を現さなかった。

 顔はそっくりでも、性格は微妙に……いや、けっこう違うのかもしれねえ。

 と拓は思った。


 アンジーには、拓は時おり、花壇で会っていた。

 放課後、周りに人がいないとき、パンジーやビオラの花がら――咲き終わった花を摘みながら、拓は彼女にたずねてみた。


 ――リッピアの「上司」が誰かは、知らねえんだよな?

 ――はい。例え知っていても、その件はお話しできないでしょうが。

 アンジーは拓のそばで片膝をつき、立てた方の膝に両手を重ねていた。

 背筋がピンと伸びている。

 淡い色が入り混じった不思議な光沢がある透明がかったシャツに、金糸の刺繍が施された鮮やかな濃い青のベストと半ズボン・革ブーツ姿。

 ショートカットや毅然きぜんとしたもの言いも含めて、あいかわらずどこぞの王子みてーだ。


 ――あれから何も攻撃してこねーのが、かえって不気味なんだが。

 ――失敗したのと同じやり方は、とらないでしょうからね。今頃、次の作戦を考えているのでは?

 アンジーは肩をすくめた。そして淡々と続けた。


 ――チュリエを使うにしても、彼女自身の育成や訓練が必要そうですしね。もっとも、彼女が演技をしていなければの話ですが。 

 ――演技、か。

 拓の脳裏に、はかなげだったり、蠱惑的こわくてきだったり、無邪気だったり、とさまざまなリッピアの顔が浮かんだ。



 ――ほかにわからねえのは、リッピアがなぜ、「華眼師は自分だけだと思うか?」と俺に訊いたかだ。

 ――ん……。

 アンジーは、今度は無表情のまま、わずかに首をかしげた。

 ――無意味な問いかけだとはどうしても思えねえ。だが理由となると、さっぱりだ。


 ――確かに、起こっていることや起ころうとしていることの、重要なヒントかもしれませんね。

 彼女は、顎に手を当てた。

 ――けど俺の命を奪いたいときにそんなふうに親切にするなんて、おかしくねえか? 敵に塩を送るようなもんだろ? いや、スーパーの「塩二十円割引券」くらいかもしんねえけど。 



 ――チューリップの精は戦略家だと、前に話したのを覚えていますか? 

 ――ああ。

 本当は半分くらいしか覚えていなかった。が、拓は力強く肯定した。


 ――十七世紀の「チューリップ・マニア」のときもそうでしたが、彼女たちは一つのものに肩入れしてそれと心中したりはしないのです。事態がどう転んでも、自分たちが――チューリップの本体が生き延びるための戦略を常に考えている。


 アンジーの目に、しょうがない人だ、というような困惑がかすかに浮かんだ。

 「過去」になった瞬間に、拓が彼女の話をあまり覚えていないことが「見えて」しまったのかもしれない。

 拓は唾を飲み込んだ。


 ――日本の昔の武将にもいるでしょう? 二人の息子を、対立するチームに一人ずつメンバーとして入れ、どちらが試合に勝っても血筋が絶えないようにしたといわれる人物が。サナ……サナトリウムみたいな名前の。

 ――真田昌幸さなだまさゆきか。

 ――そう、それです。


 ――お前の話だと、戦国武将が結核療養所――サナトリウムのことな――でバスケの試合でもしてたように聞こえるぞ。

 ――すみません。サナダムシみたいな、の方が適切だったでしょうか。

 アンジーは、すべての言葉を真顔で発していた。


 ――そこじゃねえよ。


 としか拓は言えなかった。


 ――いずれにせよ、自分の上司が将来的に拓に勝つとは限らない、とリッピアは考えていた。それで、拓にヒントを与えておけば、拓が勝ったときでもチューリップ本体が生き延びることができるばかりか、何か優遇されることをも期待できると思ったのかもしれません。


 ――勝つったって、何とたたかうのかも、どうして闘うのかも何もわからねーよ。第一、チューリップを生き延びさせるとか優遇するとか、俺にそんな権限ねーし。

  

「ほんとにそうかなあ」 

 茜の声に、拓はびくっと肩を震わせた。

「なんだよ。来たなら声かけろよ」

 顔面蒼白の高華が自分の肩に指を一本だけ触れ、彼女の両肩に茜が手を置いているのに、初めて拓は気づいた。


「邪魔しちゃ悪いと思ったんだもの。熱心に話し込んでたみたいだし」

 茜はポニーテールを揺らすと、拓の顔を覗き込んだ。

「そうかなあ、って、お前、何に疑問持ってんだよ?」



「リッピアさんって、ほんとに『上司』やチューリップ本体のためにいろいろやってたのかなあ、って」


 ――もちろんです。それが花の精の本分ですし。

 アンジーはややむっとしている。

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。

本日はもう1話あります(《二度目の春が来て》最終話)。

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