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57 二度目の春が来て 57 後日談2

「できなくても問題ありませんが何か」

 花冷えの空気よりも氷よりも冷たい視線を、高華たかかは恭平に投げかけた。


「ってか、はさみをこんなふうに人の目の前に突き立てるのやめて。あんた前科があるんだからねっ」

「鼻先に突き付けようかと思いましたが、情けをかけたのです」


「ごめんなさい。全然しゃがめないわけじゃないんで、もう少しやってみますぅ」

 可音は顔を赤くし、脚を震わせながらしおれた花を切った。

 

 恭平たちと、拓、薫の面々は、可音が大型の飼い犬チロに踏ませた所の後始末をしているのだった。

 日曜日なので、ほかの学生はいない。

 可音以外の面子は揃って部室で朝を迎え、コンビニで買った朝食を食べた。

 顧問教師の大河原クリスタルは、少し離れた所で、夫からの電話に出ていた。


 ぐしゃっとなったりしおれたりした花は切り、間に、事前に用意しておいたチューリップやパンジー、ビオラ、キンギョソウの苗を植えていく。

 部室で張り込みをした効果もあり、一回目のときに比べると、被害は少なくて済んだ。それが不幸中の幸いと言えなくもない。



「手が止まってるぞ」

 鋭い目つきで恭平を注意した拓に可音が、

「自分がやったのにこんなことを訊くの気がひけるんですけど、花がだめになったチューリップの球根って、……捨てちゃうんですか?」

 とたずねた。


「捨てねえよ」

 拓はおだやかに言った。

「葉や茎を残してときどき肥料をやれば、球根に栄養がいく。そうすりゃまた来年、いい花を咲かせてくれるからな」

 可音の顔に、ほっとしたような表情が浮かんだ。


「けど、葉っぱが枯れてもそのまんまにしといたらさぁ、汚くね? 埋めっぱじゃ、ほかの花を植えるにも邪魔だろうし」

 恭平が割り込んできた。


「安心しろ。しばらくして葉が枯れてきたら、球根を掘り上げて、風通しのいい涼しい日陰で保管する。梅雨や暑さで球根が腐るとまずいしな」

 

 けっきょく可音は、校長と担任教師から厳重注意を受け、反省文を提出することとなった。それから、二度とあんなことをしないということと、花壇の後始末及び園芸部での花の世話をすることも誓わせられた。

 入学したばかりだということと、クリスタルの尽力もあったせいか、それでこの件は一件落着となった。


  

 それから間もなくの活動日、拓は息を呑んだ。


 旧校舎前の花壇近くに、少女がいた。

 白いチューリップの花と、すっと伸びた葉とを髣髴ほうふつとさせるワンピース。

 ゆるふわボブカットの茶髪。


 幼さが残る顔の中で、吸い込まれそうな大きな目が潤んでいる。

 湯上がりかと思う頬の下の方で、ほどよくふくらんだ血色がいい唇が引き結ばれている。

 ワンピース以外、よく知っているものばかりだった。


 ――リッピア!

 部員たちが――殊に、事情をまったく知らない恭平と可音が――いるので、拓は心内語で少女に話しかけた。


 けれども彼女は、黙って突っ立ったままだった。


 ――リッピアなんだろ? よかった……生きてたんだな! 俺は、てっきりお前が……。

 拓が言葉を継いでも、彼女は眉間にかすかな皺を寄せ、不思議そうにこちらを眺めるばかり。 


 ――どうしたんだよ。俺のこと、忘れちまったのか?

 作業中の部員たちをよけて、拓は少女に近づいていった。

 少女はおびえた目になり、ぎこちなくあとずさりする。


 ――ンンッ。

 拓の背後で咳払いがあった。

 パンジー・ビオラの精アンジーが、腰に手を当てて立っていた。


 ――リッピアじゃないですよ、彼女。後任者です。

 ――嘘だ! 顔だって同じじゃねえか。

 拓が周りに気づかれぬように食い下がると、アンジーは静かに溜息をついた。


 ――チューリップなどの球根植物は、キクなどの宿根草しゅっこんそうとともに、多年草です。わかりますね。

 拓は無言で頷いた。


 ――多年草は、わたしたちの本体、つまりパンジーやビオラのような一年草と違い、地上の葉や茎が枯れても、冬を越してまた翌年、芽を出し花を咲かせます。

 淡々と述べると、アンジーは拓の目をのぞき込んだ。


 ――そういうサイクルの違いもあるのか、多年草の花の精は、一年草の花の精に比べて、前任者と後任者の顔がそっくりなのです。人間でいうと一卵性の双子くらいには。


 ――でも前任後任だったら、スミレとお前みたいに、引継ぎして俺の情報を知ってるはずじゃねえのか? 俺がわからないってことは、やっぱりリッピアで、ダメージのせいで記憶喪失になってるんじゃ!?


 アンジーは、手を体の前にやり、右手を左手に重ねた。そして拓をまっすぐ見つめた。



 ――リッピアは、もういないのですよ、拓。

 空色の目に、いつくしみと厳しさとを宿した光が満ちている。



 それからアンジーは、リッピアそっくりな少女に呼びかけた。

 ――おびえなくて結構です、そこのチューリップの精よ。彼は、悪い人間ではありません。


 ひと呼吸おいて、彼女――正確な性別を実は拓は知らぬままだが――は続けた。

 ――あなたの名前は?

 ――……チュリエ……です。

 両手でワンピースをぎゅっと握りしめたまま、小さな声で少女は答えた。


 

 ――申し訳ありません、拓。ほかの花の精の引継ぎがどういうものか、わたしは知らないのです。……あなたのことが彼女への引継ぎ事項となっているかは、ご自分で確認してください。

 リッピアは、彼女にしてはためらいがちに言い、そっと横を向いたのだった。


 が、何か思い出したように再び拓を見つめた。

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。


なお、本日2話更新のため、2016年3月31日(木)は更新を休む予定です。

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