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56 二度目の春が来て 56 拓の煩悶(はんもん)と、後日談1 

いらしてくださり、ありがとうございます。

 拓は、はっとした。

 リッピアにエネルギーを吸われ、助けを求める声も出なくなったとき、胸のうちであかねの名を呼んだ。


 すると、まるでその声が聞こえたかのように茜が走ってきて、拓の腕をつかんだのだ。

 そのことを、やっと思い出した。


「遅くなってすまない。あ……ありがとな」

 拓は、ようやく茜と高華たかかの顔を見た。茜と視線を合わせて二人に礼を言ったあと、すぐに目をらしてしまった。


 だが、自分に鞭打むちうって再び茜に向き直った。


 茜は、笑顔で首を横に振った。

「いいんだよ。わたしとはいつでも話せるんだし。それに、アンジーさんや菖蒲院しょうぶいんさんがいてくれたから、拓は助かったんだよ?」  

 拓はあわてて、アンジーにも礼を言った。


「助けなくてよかったんじゃないかと、わたしは今でも思っていますわ。この外道が!」

 高華は腕を組み、まなじりのきりっとした目で上から下まで拓を見た。


「いったい、茜先輩のことをなんだと思ってるんです!? 馬鹿にしてるんですか? あなたのような人をさっき『先輩』と呼んだことを、本当に後悔しています!」

 言葉を荒げぷいっと横を向いた彼女を、「まあまあ」と茜がなだめている。


「ありがとう、菖蒲院さん。拓が助かるってことが最優先で、それがかなったんだから、ほんとにもう、いいんだよ」

「でも……でも!」

 茜は、自分より背が高い高華の頭を優しげにでていた。


 なぜ、菖蒲院が涙目になってるんだ……?

 考えても、拓にはわからなかった。


 ――コホン。

 アンジーが口元に手を当てていた。 

 ――ちなみに、仮に今回、わたしが死んでいたとしても、それはナンノブユアビジネス(none of your business)、あなたに関係ないことです。


「いやそれは、あるだろ。引継ぎ事項ってだけで、もともとお前が望んだことじゃねーんだし」

 するとアンジーは、少し困ったような顔で首を傾けた。 


 ――確かに、前任者からの引継ぎ事項は、プログラミングされたものに近いかもしれません。しかしながら、例えそういうものだとしても、自分の意志であなたを助けたのだという実感は、ちゃんとあるのですよ。


 

 そのとき、部室の方からペタンペタンという足音が聞こえてきた。 


「うぃーっす、ったくなぁにやってんの。廊下でナンパ禁止ぃ~」

 大きなあくびをしながら、恭平がやってきた。スウェットパンツのポケットに両手を入れている。


「ナ、ナンパなんてしてねーし」

「もげろ」

 彼は眠たげな目で拓をにらむと、また大きなあくびをしながらトイレに入っていった。


 ――では、わたしはこれで。

 アンジーが去ったのを機に、拓、茜、高華も部室に戻った。

 

 リッピアが助かる方法は、本当になかったのか。

 寝袋の中で、拓は考え続けた。

 堂々巡りで答えは出ない。

 白い縁取りがある赤い花と、ウェイビーで長く尖った葉とを髣髴ほうふつとさせるショート丈ワンピースをまとったリッピアの、さまざまな表情や声が思い浮かぶばかりだ。


 あどけない笑顔、むくれた顔、怒っている顔。

 甘ったるく高めで、語尾を伸ばすことが多い声。

 ドキッとするほど大人びた蠱惑的こわくてきな微笑み。

 そして、高華に触れおそらく彼女の能力とのリンクが図られたことで見えた、笑顔の裏の泣き顔。


 最後にあいつは、どんな顔をしていたのか。

 もっと早くあいつの顔を見ていれば。

 とてもさっぱりとした、「バイバイ」の声だった……。

 寝袋の中で、拓の目はいつまでも冴えていた。

 


○後日談


「痛たたたたたた……。よくしゃがんでいられますね」

 旧校舎前の花壇で、可音(かのん)は悲鳴を上げた。

 よろけながら立ち、ジャージの腿裏付近をしきりに撫でている。

 前夜と違い、すっぴんだ。


「こんぐらいで何言ってんのー。まだ少ししかやってねーじゃんよ」

 ヤンキー座りで新しい苗のポットを持ち、恭平はジト目で彼をにらんだ。

「元はといえばさぁ、お前が()いた種なんだからね」

「す、すみません」

 可音はぴょこんと頭を下げた。そして「うぐっ」と言いながら再びしゃがんだ。


「どうしても難しかったら、膝をつくとか楽な姿勢でやっていいよ」

 茜が彼に声をかける。

「茜ちゃん! 甘やかしちゃこいつのためになんねーよ?」

 指をさしながら抗議する恭平を、茜は困ったような顔で見た。


「でもこないだテレビで、最近はしゃがめない子が増えてるって言ってたから」

「それ、ほんとですよ」

 近くにいた高華が、青く長いツインテールをブンッと振り回した。彼女は、はさみを恭平の前の土に突き立てた。


「うちの離れは和風建築で、トイレもいまだに和式なんです。でも、同じ年頃のお弟子さんはそれが使えなくて。理由が、しゃがめないから、でした。けっきょく、遠いですが洋館の洋式トイレまで行ってもらいましたわ」


「なんだよそれ。将来さぁ、繁華街で座って長話できないじゃんよぉ」

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。


本日はもう1話あります。

なお、本日2話更新のため、2016年3月31日(木)は更新を休む予定です。

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