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55 二度目の春が来て 55 そしてリッピアは、アンジーは  

いらしてくださり、ありがとうございます。

「そうですか。彼のどこにそんな価値があるのか、皆目かいもくわかりませんが。声もわたしには全然聞こえなかったですし」

 高華たかかは不思議そうにあかねと、いまだに酔って道端に転がっているのと大差ない拓とを交互に見た。


 リッピアは焦点が合わぬような目で、茜と高華を見つめていた。が、ゆっくりと拓に視線を移した。


 ――拓。

 か細くなった声で、リッピアは呼びかけた。

 うつらうつらしていた拓は、はっと目を覚ました。

 立ち上がろうとして足がもつれ、転んでしまった。


 ――いってぇ。

 打った頭を抱え目を固くつぶっていると、リッピアの声がした。

 ――しょうがないなぁ、もう。

 あきれたような、甘えたような愛らしい声だった。

 ――いや……、お前が言うか?



 ――バイバイ。



 拓は目を開けた。

 リッピアの姿はなかった。

 彼女が寝ていた位置に、白っぽく弱々しい光がかろうじて人の形をつくっている。


 拓はそれに駆け寄り、リッピアの名を呼んだ。

 光に両手を当て、何度も、何度も同じ名を口にした。

 応答することなく光はさらに弱まり、じきに消えてしまった。

 何事もなかったように、廊下の床が蛍光灯の光を反射している。


 拓は床についた手の指を曲げ握りしめ、うつむいた。

 言葉にならない、嵐のような感情のうねりが、みぞおちの辺りに何度も押し寄せてくる。

 拓は目をつぶり、歯を食いしばってそれに耐えた。それでもなお、うねりは大きな渦のようになって拓を突き上げてくるのだった。


「まったく! 自分を殺そうとした相手がようやく消えたのに、なんであんなに打ちひしがれてるんでしょう?」

 高華は、せないという顔で肩をすくめた。  


「きっと、当人同士にしかわからないことがあるんだよ」

 茜が、高華の肩に置いていた手の指をそっと動かした。そして、拓を見つめながら、ためらいがちに続けた。



「周りの人間が、とやかく言うことじゃないと思う」



「そうですか? でも、何も茜先輩の前であんな態度をとらなくたって! ちょっとにぶすぎじゃないですかあいつ!?」

 高華は、腰に手を当て、反対の手で青く長い髪をブンッと払った。

 言葉を発し終えてからも彼女は頬をふくらませ、「そう思わなくて?」とパンジー・ビオラの精アンジーに同意を求めた。


 ――わかりかねます。

 高華の横に立っていたアンジーは、金糸の刺繍が施された鮮やかな濃い青のベストと半ズボンの前で両手を重ねたまま、無表情で答えた。


「冷えるし、そろそろ部室に戻りませんか?」

 高華が茜にささやいた。けれども、

「だね。菖蒲院(しょうぶいん)さんは先に戻って休んでて。疲れてるだろうし。わたしは……もう少しここにいるよ」

 という茜の言葉を聞くと彼女は、

「あ、寒かったの一瞬だったみたいです。春ですもんね」

 と笑顔を作った。



 それからまた時間が過ぎた。

 床に手をつき体を震わせていた拓が頭を上げたとき、最初に目に入ったのはアンジーだった。

 オレンジがかった金髪のショートカット、空色・ピンク・白などの入り混じった不思議な光沢がある透明がかったシャツに、金糸の刺繍が施された鮮やかな濃い青のベストと半ズボン・革ブーツ姿のアンジーは、しゃきっと立っていた。


 それでも。

 拓の脳裏に、花の精の最後の姿が浮かんだ。

 最後に視線すら交わせなかったリッピア。

 去年の春、ものを実際に動かして体力を消耗し、昇天した、アンジーの前任者スミレ。


 アンジーも、リッピアの腹に開いた穴に吸い込まれた俺の腕を「実際に」引っぱり出そうとした。ということは。

 拓は背筋がぞくっとした。

「アンジー、なんで俺を――俺なんかを助けた!」

 拓はふらふらとアンジーに寄っていった。茜もいるので、心内語ではなく小さな声を実際に出した。


 ――前に言ったはずです。「あなたを守るように」というのも、前任者であるスミレからの引継ぎ事項だと。

「けどアンジー、お前の命が!」


 ――大丈夫です。

 アンジーは平然としている。中性的な声も、落ち着いている。

「んなことねーだろ! 人間やものを物理的に動かすと、お前ら花の精はものすごく消耗しょうもうする。俺は実際に見た。スミレだって、それで……」


 ――今回は、リッピアの腹部の穴に、利用可能なエネルギーが充満していました。それにまみれたあなたの腕を引き抜くとき、エネルギーが自分の体にも入り込んできたのです。

 アンジーはかすかに口の端を上げた。彼女にしては珍しく大きな表情の変化だった。


 ――逆に言うと、拓はけっこう危なかった。相当な量のエネルギーがリッピアの腹部の穴に流出し、酸素欠乏症にかかったように、正常な判断ができなくなっていたはずです。

「そ、そうなのか?」


 ――わたし一人では、とてもあなたを救うことはできませんでした。この二人が来てくれたからこそ、あなたは生きている。でも彼女たちに礼すら言っていない。やはりまだ、ちゃんとした判断ができていないようですね。


 アンジーは茜と高華に手のひらを向け、それから、空色の目でじっと拓を見つめた。

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。

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