54 二度目の春が来て 54 続く攻防
いらしてくださり、ありがとうございます。
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人によってはグロと感じられるかもしれない描写があります。ご注意ください。
その後も茜と高華そしてアンジーは、拓の腕や体を引っぱり続けた。
まばゆく光る穴にどれほどのエネルギーがあるのか。
三人ともかなり手こずっていた。
油断するとすぐに、ずるずると自分たちが穴に吸い寄せられる。
拓自身はまったく力が入らない。
ぼんやりした意識の中で、彼女たちのなすがままだ。
――三人がかりだなんて、くっ……卑怯だよぉ。
腹の穴に拓の腕を捕り込んだあと、元気を取り戻したようだったリッピアの声。
それがまた、あどけなさの中に苦しそうな感じが混じってきた。
「どぉの口で、そんなことを言いますかっ!」
高華は、泥酔者のように体が重くなっている拓の胴を両手で掴んだまま、しかめっ面をリッピアの顔に向けた。
――この口、と見せかけてお腹の穴だったらどうするぅ?
「どうもしませんっ! ただ自分のやるべきことをやるのみですわ!」
高華はまぶしさをこらえるように目を細く開け、リッピアを睨みつける。
「そっか、この穴、お腹に開いてるんだっけ。……穴しか見えないから、忘れてた」
茜は、急に冷めた表情になった。
穴に呑み込まれている拓の腕を、彼女は複雑そうに見つめた。
そして口をきゅっと結ぶと、顎を肩につけ脇を締めて、いっそう大きく自身の体を後ろに引いたのだった。
「だいたい、チューリップって食虫植物じゃないでしょう? なにあなた、チューリップの精のくせにウツボカズラみたいな真似さらしてるんですっ!」
――ウツボカズラ? あぁ、びよーんとした袋で、虫を捕まえて溶かしちゃうやつか。あんなのと一緒にしないでよぉ。気持ちわるい。
怒りに満ちた高華の言葉を、リッピアはのらりくらりとかわす。
――「目くそ鼻くそを笑う」。それこそ、今のあなたにふさわしい言葉です。
アンジーが、無表情のまま高華に加勢する。
「まったく同感です。だいたいあなた、ウツボカズラのウツボの意味わかってるんですか!?」
――知らない。興味ない。
「ウツボは靫! 矢を入れて持ち歩くためのぉっ、筒の形をした容れ物ですわ。それも知らずに相手をけなすなど、んくっ、アンフェアにも、くききっ、ほどがあるっ」
――あきれた。最初にそっちがウツボカズラを話に出して、ふみゅっ、きたからっ、乗ってあげたの、にぃっ。
拓の腕を綱引きの綱よろしく引き合う彼女たちは、どんどんヒートアップしていく。
ウツボカズラ。
捕虫袋の、裏に蜜腺がついてるふたの下でぽけたんと開いている口が、あれはあれで、不気味かわいいんだ、が……。お前らウツボカズラに、あやま、れ……。
拓の思いは、誰にも届きそうになかった。
「わふっ!」
――んんっ!
ようやく拓の手がすべてリッピアの腹の穴から抜けたとき、茜とアンジーは尻もちをついた。
「ひぃぃっ!」
高華は、自分が掴んでいた拓の胴を離し、飛びすさった。
両手をしきりに、パンツの腰の辺りにこすりつけている。
「拓! 拓! 大丈夫?」
廊下に転がされた拓は、茜に揺り起こされても、まだぼうっとしていた。
「う、うん……」
かろうじて返事はしたものの、目は半裸眼のままだ。
――このままでは、ほかの人が来たとき怪しまれます。
アンジーの言葉に茜と高華は頷いた。
二人は協力して拓を廊下の端に運び、壁にもたれる形で座らせた。
――ちぇっ、だめだったかぁ。
リッピアは、天井を見つめながら言った。
腹の穴の光は、先ほどまでに比べるとだいぶ弱まっていた。
――拓の周りにいる人間なんて、簡単に騙せると思ったのに。
憎まれ口をきいているわりには、リッピアの表情はあっけらかんとしている。
――なんでも信じそうな顔してるけど、そうでもないんだね。
リッピアは茜に視線を移し、彼女を凝視した。
「茜先輩ですもの」
なぜか高華が胸を張っている。
「ごめん、彼女、なんて言ったの?」
茜はあわてたように高華の肩に手を置いた。こうすれば、ここから先のリッピアの声は彼女にも聞こえる。
リッピアの言葉をひととおり伝え、高華は話を続けた。
「あのとき、茜先輩はトイレでずっとタイミングを見計らっていらしたんです。何かあったらすぐみ、水原……せん、ぱっ、い……を助けに行けるように、って。すごいですわ! なんのサインがなくても、絶妙なときに廊下に飛び出していかれたんですから」
「ちょっと、菖蒲院さん」
茜が高華の袖を引っぱった。顔が赤くなっている。
「……わたしはただ、どんなことがあっても拓を守る、って思ってただけだよ。そしたら拓がわたしを呼んだみたいな気がして」
茜は穴より少し上、リッピアの顔からややずれたところを見つめた。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。
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ウツボカズラの捕虫袋の口周りにあるびろっとめくれているところは、「えり」と呼ばれているそうです。
言われてみれば服の襟に似ているような。




