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51 二度目の春が来て 51 交(か)わされる言葉たち 

いらしてくださり、ありがとうございます。


 ――失敗したんだもの。責任をとらなきゃ。……あの方に、これ以上迷惑かけられないよぉ。

 ――何もしねーことが責任をとることじゃねーだろ?

 拓は、蠱惑的こわくてきな表情が消えたリッピアの目を覗き込んだ。

 やけにさっぱりと澄んだ目になっているのが、拓の背筋を震わせた。

 あぐらをかいている尻や脚から床の冷たさがひたひたと上ってきて、二度、三度と震えが体を突き抜ける。 


 ――ほかにもう、何も、できないもの。

 ――なんかあんだろ! 考えろよ!

 拓はリッピアを揺さぶろうとした。が、その手は何も掴むことができず、見えている彼女の体をすり抜けて宙で止まったのだった。


「誰なんです? あの声の主は!」

 拓の背後から、高華たかかが顔を出した。

 彼女が自分の体に手を当てていたことを、拓は忘れていた。

 その高華の肩に、茜が手を置いている。ということは、これまでの心内語の会話を、茜もすべて聞いているということだ。


 ――言えない……よぉ。

 リッピアは声のする方にゆっくりと視線を動かし、唇の端をごくわずかに上げた。そのあと短い叫びとともに眉根に皺を寄せ、背を反らすように身をよじった。


 ――痛むのか?

 ――別に。


「答えてください。あの男と女が混じったような声の主は何者? あなたは、誰に何を命じられてるんです!?」

 高華は心内語でなく、実際の声に出して話を続けた。

 声の量は抑えているものの、語気はどんどん強まっていく。


 ――いまかなくたっていいだろ! 

 拓は、高華をにらみつけた。

「な、何言ってるんですか!」

 彼女は一歩あとじさった。が、青く長い髪を素早く振り払うと続けた。


「もう彼女は手の打ちようがないみたいじゃないですか。いまたずねないでいつ尋ねるんです?」

 ――決めつけるなよ! 考えれば……考えればきっと、方法はある!

 リッピアの手が重ねられていない方の手の指を、拓はきつく握りしめ、廊下の床を殴った。


 ――あんまり、ドシンドシンやんないで……。穴がいたせいなのかなんなのか、頭や体に、こたえる。

 ――す、すまない。

 どこか眠たげにも見えるリッピアに、拓はあわてて謝った。

 

「ほしい情報が得られてラッキー、ってさっき言いましたよね? その情報はなんのためのものなんです? たとえあなたがし……何もできなくなっても、黒幕が野放しじゃ、落ち着いて花の世話もできないじゃありませんか!」


菖蒲院しょうぶいんさん、相手は怪我けがしてる人だよ」

 興奮気味にまくし立てる高華を、茜がそっとたしなめた。

「すみません、茜先輩。でも、彼女の策略にひっかかって口をすべらせたかと思うとくやしくて」


「気持ちはわからなくもないけど、『北風と太陽』みたいなこともあるんじゃない? 旅人のコート狙いで思いきり寒い風を吹かせたら、旅人はかえってコートを手放さなかったっていう」

 茜は高華の肩に手を置いたまま、拓が向いている方、すなわちトイレの入口に近い廊下の床に視線を落とした。


「リッピアさん……だったよね? はじめまして、拓と同じ園芸部員の土屋茜つちやあかねです」

 茜は、おだやかな声でリッピアに語りかけた。

 軽く頭を下げて見つめる方向の先は、リッピアの目からはややずれている。


 ――知ってる。

 あどけなくかつこびを含まない声色で、リッピアは答えた。

 茜の目をしっかりと見て。


「前に拓から聞いた話から考えると、リッピアさんはどうも菖蒲院さんと拓を引き離したかったのかな、って思います。それは合ってますか?」



 ――ノーコメント。 

 今度は、しばらく置いてからの回答だった。


 茜が、リッピアが菖蒲院高華犯人説を唱えていたことを明らかにせず、なおかつリッピアの言葉の趣旨を問うたことに、拓は内心ほっとした。

 が、リッピアが微妙に素っ気ない返答をしていることには、気づかなかった。


 深呼吸したあと、茜は再び口を開いた。


「わかりました。わたしはもう、何もかないし聞きません。行こう、菖蒲院さん」


「え、行くってどこにですか?」

「トイレ」

 切れ上がったまなじりをさらに上げた高華の肩から手を下ろし、茜は微笑んだ。


「問い詰めなくていいんですか?」

 高華は拓の背から手を離すと、その手をタオルででも拭くようにパンツの腰の辺りにこすりつけた。

 さらに手のひらを上に向け、細菌やウィルスを吹き飛ばしでもするみたいにフウフウと息を吹きかけた。

 そして、何度か振り返りながらも、女子トイレの中にずんずん進んでいく茜のあとを追ったのだった。



 ――時間がないのを、察してくれた。

 リッピアはトイレを見やったあと、腹にできた大きな穴を眺め、へへっと笑った。

 それから、まばたきもせず、澄んだ目を拓に向けた。



 ――華眼師かげんしは、自分だけだと思ってるぅ? 拓。

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。

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