05 二度目の春が来て 5 自分は絶対、そんな男には
「入りたいって意思はわかってるんだからいいじゃないの」
「だめだ。部活の重要な仕事として、地域住民の相談を受け付けるってのが
あるんだから。面と向かってや電話で話せなかったら仕事にならねえ」
二人のやりとりを聞きながら、薫は床を見つめ、茜の後ろでもじもじしている。
なんとも言えない空気になったときだった。
「茜ちゃん、俺は口で言えるよん! 園芸部に入りたいっでーす! もっと大きい声でも言えるよーん。園芸部には・い・り・た・いっでーす!!」
恭平が手を口に当ててアピールしたのだ。
「わ、わかったよ長庭君。あとで入部届渡すね」
すると、薫が「フゥゥゥ―――ッ!」と無声音で叫びながら前に出た。
首を縮め背や両手の指を丸めているばかりではない。
子猫からネコ科の野生動物へと、さっきより目の迫力が増している。今にも獲物に飛びつき肉を食いちぎりそうなヒョウやチーターの目で、恭平を睨みつけているのだ。
その目力を保ったまま薫は、拓を見た。
「え、園芸、部に……」
声はあいかわらず小さい。
拓もじっと彼女を見つめ返す。
薫は、茜へと視線を逸らした。
茜は両手の指を組み、はらはらしているような顔で彼女を見守っている。
薫はうつむき、床に視線を落とした。
しばらくして彼女が顔を上げたとき、彼女は再び恭平と目が合った。
恭平は、ニヤニヤしながら顎を反らし、両手をブレザーのポケットに入れている。
薫は体を震わせ、大きく息を吸った。そしてゆっくりと息を吐き出し唇をぎゅっと結ぶと、両手の拳を握りしめた。
「入部、……したい…………」
最後の方は消え入りそうな声だった。
「わかった」
拓が答えると、(ごく一部というか若干一名を除いて)緊張していた辺りの空気がさっと緩んだ。
「もー、水原ったらマッチョなんだからぁ! なんか威圧的ぃ~。俺ああいうのちょっと苦手! ね、奥さんそう思わなくて?」
恭平は急にオネエ口調になり、指を揃えた片手を口に当て横目で茜を見た。
「え? お、奥さん!?」
茜は急に頬に両手を当て顔を赤らめた。どうやら、恭平が意図していたのとは別のところに反応したらしい。
「マ、マッチョ!? 威圧的!?」
拓は拓で困惑していた。
日頃、マッチョで威圧的な、あるいは横暴な男性上司や同僚の愚痴を母親から聞かされ、彼なりに憤慨していたからである。
やつらと俺は違う。
自分は絶対、そんな男にはならない。
と思っていたのに、まさか他人から指摘されるとは。
無愛想なのは自覚しているとはいえ、ショックだった。
「だいたいさぁ、お前、怖い顔で突っ立ってるだけで、ぜんっぜん新入生を勧誘できてなかったよね」
ジャケットのポケットに両手を突っ込み、恭平は唇を突き出す。
「い、いや……ちゃんと、何枚かチラシは渡したぞ」
拓は唾を飲み込んだ。
「いんにゃ。『オラ!』とかすごんで無理やり押しつけてたじゃねーの。よその部みたいな『見てってねー』とか『入ってねー』とかいう言葉はひとっつも吐いてなかったしさぁ」
「すごんでなんかねえよ!」
と返したものの、言葉が続かない。
みぞおちの辺りが痛むのはなぜだ。
「ま、完全な人間なんていないからさぁ」
「お前が言うとなんかすごく腹が立つ!」
拓はまたチラシを握りしめそうになり、はっと手を緩めた。
「あの」
凛としてちょっと冷めた感じの声が響く。
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