48 二度目の春が来て 48 夜中の廊下が修羅場(しゅらば)に!?
いらしてくださり、ありがとうございます。
――何してるんだ。離せ!
――やだよ。
ん!? と拓は思った。
以前、リッピアに無理矢理キスされたときには、何の感触もなかった。
だが今、細く温かい腕が、確かに腹の辺りを締めつけるのを感じる。
そればかりではない。
ふくらみかけた胸が服越しに背中に押し当てられ、呼吸に合わせて上下しているのも、はっきりとわかるのだ。
――ば、馬鹿! よせ! 人や物を実際に動かす力を使ったら、体力を消耗しちまうだろ!? 知らないのかよ。
拓は首を少しだけひねり、自分の肩越しにリッピアに話しかける。
――知ってるよぉ。
リッピアは、涼しい顔をしている。
白い縁取りがある赤い花と、ウェイビーで長く尖った葉とを髣髴とさせるショート丈ワンピースが、カサクシャ、と音を立てた。
――じゃ、なぜこんなことするんだ!?
拓の問いには答えず、彼女はふふ、と笑った。
すぐ目の前では、高華と茜が話を続けている。二人にこんな姿を見られたら、いくら弁解しても、ただでは済まないだろう。
「水原さんは、わたしがその、花の精……かもしれないものを見たときにも、同じことを言ったんですよ。そう! 口を動かさずに。腹話術か何かでしょうか」
高華は両手を腰に当て、拓と茜とを交互に見た。眉をさかんに動かしている。
「腹話術ってよりは、テレパシー的なもの、かもね。本人でないし、詳しいことはわからないけど」
「なぜ、見えてるものの表情や動作のことを言っちゃいけないんでしょうか?」
納得しがたいという顔で、高華は口を尖らせる。
「さあ。でも、なんらかの緊急事態だった――あ、まだ過去形じゃないか――緊急事態が続いてるんじゃないかな。菖蒲院さんが見た相手がそれを知るとまずい、とか」
茜は理解が早くて助かる、と拓が思った瞬間。
腹を締めつけていた腕が急にほどかれ、リッピアが拓の背中を突いた。
体が前につんのめる。
拓はおわっ、と声を上げ、一瞬、スケーターみたいに片足で廊下を踏みしめた。
バランスがとれず、腕を振り回し大きく体を揺らした。
が、それでも体を支えきれない。
次の瞬間、拓は片手で高華の肩を、もう一方の手で、彼女の胸のわずかなふくらみを掴んでいた。
「ななな、何するんで……あっ!」
高華は、眦がシャープな目を見開いたまま、固まってしまった。
その視線は、拓の背後に釘付けになっている。
リッピアがまた、拓の背中に貼りつき、腹に腕を回している。さわられている感覚はない。
「ち、違う! ……とにかくすまない。大丈夫か?」
体勢を立て直しつつ、拓は言った。
「何が違うんです! 見たものについて話すな、って言ったのはこういうことですか! 汚らわしい」
高華は顔を真っ赤にし、拓の腕をひねり上げる。彼女の青く長い髪が揺れる。
「いててて! 誤解だ!」
――誤解じゃないよぉ? あなたが見てるとおり。拓とあたしは、こういう関係なの。
リッピアは、潤んだ目で拓を見上げつつ、落ち着いた口調で高華に答えた。
「お前はまた、出まかせを! いてて!」
拓は心内語ではなく、実際に口に出してしまった。
高華はまだ、拓の腕をねじっている。
――照れることないじゃなぁい。いつかはばれることだよ?
甘ったるい高めな声で、ふわっと、リッピアは言うのだった。
曇りのない目が、星の瞬きみたいに光る。
俺に物理的な影響を与える力を使ったせいだろう、リッピアは目の下に隈ができ、ちょっとやつれて見える。
だが声は、風にそよぐ満開手前のチューリップみたいに、しなやかでやわらかそうで、元気がある。
拓は眉根に力を込めた。
そして――重なって見えるもう一つの彼女の姿を凝視した。
自分を見つめるリッピアの目に吸い込まれそうな気がしつつ、拓はみぞおちの辺りに痛みを感じたのだった。
「いったい、何が見えてるの?」
茜が、おずおずといった態で高華に尋ねた。
「わたしたちよりも年下の、フリフリな服を着た少女が、水原さんといちゃついているんです! こう、ぴたっと体をくっつけて」
口にするのもおぞましい、というふうに高華は、身ぶりつきで彼女に訴えた。
「でも不思議なことに、唇を噛みしめて涙を流してる姿も同時に見えるんですよ。前に見たときは、膝を抱えて泣いていたのが重なって見えたんですけど」
拓は、う、と思った。
とうとう高華は、見えたものの詳しい様子を口外してしまった。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。
ご来訪に心から感謝いたします。
すみませんが、更新再開は2016年2月くらいになる予定です。
それでは皆様、どうぞ良いクリスマスと良いお年をお迎えください。
お世話になりまして、本当にありがとうございます。
来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。




