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46 二度目の春が来て 46 こだわりすぎてちゃ、  

いらしてくださり、ありがとうございます。

「でもぼく、警察に行かなきゃならないんじゃ?」

 もじもじしながら、彼はクリスタルを見た。


「少なくとも、今日はそれはない。明日も土曜日だし。あなたの処分は、あなたの担任の先生やほかの先生たちと話し合って決めることになる」

 クリスタルは、後頭部の高い所で一つに結んだ黒髪を結い直しながら、ゆっくりと答えた。

 毅然きぜんとした中にいつくしみが感じられる光が、エメラルドグリーンの目に宿っている。


「ぎちぎち言えば、建造物侵入プラス、告訴をすれば犬を使っての器物損壊きぶつそんかいもということになるのかもしれん。が、告訴はまず考えられないし、仮に警察と話をすることになったとしても、学校は何をしたのか、ちゃんと生徒を指導したのかと問われそうだ」


 そして、腕と脚を組み、続けた。

「あなたがどうして花壇を荒らしたのかは、今の話でだいたいわかった。自分がやったことについて、あなたは今、どう思うんだ?」

 静かな声だが、鉛のおもりでもついているような重みがある。そう拓は思った。


 可音かのんは、小さなうめき声とともに下を向いた。

 愛犬チロの背から手を離し、雑巾ぞうきんでも絞るみたいに、眉根に皺を寄せている。


 アイシャドウが目の下にくまのようににじんだり、口紅が唇の端から擦り傷の血みたいにはみ出たりしてもなお、その滑稽こっけいさを愛らしさや美しさが上回っている。

 モデルや俳優でも充分やっていけそうだ。でも、なりたいのは声優なのか。


 緊迫した空気の中で拓はそんなことを思い、溜息をついた。

 俺は、どうも現実逃避したがっているようだ。


「本当に、申し訳、ありま、せん……。皆さんが、ぼくがどうしたら自分をおさえられるか真面目に考えてくださればくださるほど、とんでもないことをしてしまった、やっちゃいけないことだった、って気持ちが強くなってますぅ」

 可音は、顔を上げかけてはまたうつむく、というのを繰り返した。なかなか皆の目を見ようとしない。


「せめて、荒らしたところをちゃんと片付けてぇ、……元の花壇みたいに、きれいにしたいですぅ。いえ、しますぅ」

 元の花壇みたいに、というところで可音は初めて拓と目を合わせた。それからぎこちなく顔を動かし、薫や恭平、クリスタルなど、皆の顔を見渡したのだった。



「もし、花壇を直しているときにまた激しい感情の波が来たら、どうする?」

 クリスタルの声は、冷静でおだやかだ。


「それは……、えっと、まずは犬を数えますぅ。それでもだめそうだったら、花壇から離れますぅ。で、トイレの個室とか一人になれるところに行ってぇ、声を出さずに泣きますぅ。……壁とか殴っちゃうかもですが」


 可音は、ニットの胸元のビジューをむしり取らんばかりにきつく握りしめた。

 素早い瞬きを何度も繰り返し、頬は紅潮している。


「ちょっと難易度、高くね?」

 恭平がしらっとした表情で言った。


「ですね。さっきまでの態度からすると、とてもそこまで自分をコントロールできるとは考えられません。ま、あなたにはできないでしょうけど、わたしにはできますが」

 珍しく高華たかかも恭平に同調する。高飛車な態度はあいかわらずだが。


「犬を数えても無理そうだったら、『だめっぽい!』とか『SOS!』とか、わたしたちの誰にでもいいから声をかける、っていうのはどうかな」 

 ずっと黙って聞いていた茜が、両手の指を固く組んで可音に尋ねた。

 薫も、ぶんぶんと頭を縦に振る。


「でも、作業中の皆さんに迷惑かけたら、よくないしぃ」

「いや、それでコントロールに失敗して、また花を折られたり踏まれたりする方がよほど迷惑だ」

 拓もようやく、声を上げた。


 未然に防げるものは防ぎたい、なんとしても同じことは繰り返したくないのだと力説する。犬を数えることであるていど自分を制御できるようになって初めて、次のステップとして、だめそうなとき黙って花壇を離脱するというのを試すのでもいいではないか、とも話した。


 可音はこぶしから曲げて出した指をあごに当て、首を傾けじっと聞いていた。そして

「わかりましたぁ。自分を変えなきゃいけないんですから、自分の考えにこだわりすぎてちゃ、だめですよね……」

 とつぶやいたのだった。


「さて、じゃ、今日はこれで終わりだ。だいぶ遅いし、親御さんに迎えに来てもらおう」 

 クリスタルは可音から自宅の電話番号を聞き、さっそく電話した。


 わりとすぐに、両親がやってきた。

 深夜でもきちんとした格好の彼らは、息子の化粧や服装を見てまず固まった。

 そして息子本人とクリスタルから話を聞くと、息子とともに平身低頭で皆に謝ったのだった。


 彼らは、可音の話から想像したよりは、可音のことを気にかけているように、拓には見えた。

 けれども、家の中でも同じかどうかはわからない、

 日付が変わる頃、可音は、両親に連れられ、チロと一緒に家に帰っていった。

 

 再び寝る準備をした拓が尿意をもよおし廊下に出ると、「待ってください」と高華が追ってきた。

 汚いものを見るような目で、彼女は拓をにらみつける。

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。


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