表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/75

45 二度目の春が来て 45 予想外の言葉

いらしてくださり、ありがとうございます。

今回も通常より長いです。


===

 謎の誰かとの「通話」を拓に聞かれたリッピアは、どこで彼がそれを聞いたのかを探る。

 拓とリッピアとの、心内語でのやり取りは続く。


 一方、見た目が「男の」の桜前可音さくらまえかのんは、荒ぶる自分をおさえるため、犬を数える。

 リッピアは眼光で射抜くように、拓を見つめ続ける。

 いつまで経っても表情が変わらない。笑みは消え、目や唇、その周りの皮膚から、心細さを押し隠しているみたいな緊張が感じられる。

 どうやら、拓がどこで彼女の「通話」を聞いていたのか、彼女には見えないようだ。


 ――失敗したんだろ? 任務か何かに。それも、今日が初めてじゃないよな。

 拓はたたみかけた。

 リッピアの眉根に、かすかに皺が寄った。

 ――関係ないでしょぉ? 拓には。


 ――ある。感覚はないとはいえ、無理やりキスされた相手だ。それに花壇を――お前が面倒を見てるチューリップを荒らされてしまった責任も、感じている。  


 拓は体の脇でこぶしを握りしめた。言いながら胸の鼓動が速く強くなるのがわかった。


 ――そう。で?

 リッピアは少しだけ眉を持ち上げた。

 

 ――ほかにもある。お前を見てると、妹ってのはこんな感じなのかと思う。なぜ、俺をだましてまで菖蒲院しょうぶいんを犯人にしたがったのかは説明してほしい。本人は知らねーとはいえ、不愉快ふゆかいだ。

 拓はそこでひと呼吸置いた。


 ――ただ、お前が嘘をついていたことがわかっても、俺はお前を憎めない。むしろ、必死で任務か何かを成功させようとするのがほっとけないっつうか。自分でも信じがたいが、俺にできることがあるなら、言ってほしいとさえ思う。



 ――馬鹿ねぇ。


 リッピアは拓の顔から少しずれた所に視線をやり、遠くを見た。髪に手を当て、指を少しずつ動かしている。


 表情のけわしさがゆるんだ、ということは拓にもわかる。だが、彼女の目からはそれ以上の心情が読み取れない。


 ――拓は、母方のおじいさんにそっくりだね。おじいさんもあなたも、ほぉんと、かしこくないなぁ。

 ――じいさんを知ってるのか!? 賢くないって、どういうことだよ!

 ――さぁね。拓のおじいさんの意識が戻らないのも、そのせいかも。

 リッピアは拓に向き直り腕を組むと、高らかに笑った。しおれかけた花が水を吸い上げたように、シャキッとしている。


 拓の母方の祖父である高天原重蔵たかまがはらじゅうぞうは、ずっと前から病気で入院している。

 白い口髭くちひげ顎髭あごひげをたくわえ、シャツにサスペンダー、スキニーパンツが似合う、孫から見てもダンディーな男だった。

 が、もう長いこと意識不明いしきふめいだ。 


 古来「はな」と呼ばれた花の精が見え、それと心内語で話せる「華眼師かげんし」の能力は、高天原家に代々伝わってきた。

 けれどもその能力は、娘すなわち拓の母親にはまったく受け継がれず、拓の代で再び現れたのだった。


 ――ねぇ、拓は、華眼師の力をどう使おうと思ってるのぉ?

 リッピアの声が、拓を現実に引き戻す。間延びしつつも、とがめる響きがある声だ。


 ――どうって、別に。持ってても、役に立つ能力でもねえし。


 ――める気はないけど、あの菖蒲院高華しょうぶいんたかかですら、花のあるべき姿が見えるとかいう力を、け花にかそうとしてるのにぃ。拓はほぉんと、ろくでなしだねぇ。


 リッピアはあわれむような目で、溜息をついた。

 ――そんなのであたしの兄になろうだなんてさ、一万年早いっての。

 そして、目を細めて、続けた。



 ――これは、拓が思ってるより、ずぅっと根が深い問題だよぉ。持ってる力を活かすも殺すも、本人次第。はっきり言って、拓のおじいさんは失敗した。でも拓はそれを知らないしぃ、知ろうともしないんでしょ? 



 ――どういうことだよ!?

 リッピアはふふん、と笑うと、去っていってしまった。


 祖父が元気なうちに話を聞くべきだった、と拓は思った。

 祖父の失敗など、考えたこともない。

 拓が知っているのは、華眼師の仕事は、曾祖父の代には、職業としてそれだけで食べていくのは難しいものだったこと。そして、華眼師は、農作物をよりよく育てる方法や、その年の農作物の豊作ほうさく不作ふさく、台風などの自然災害や天候の情報を花の精から聞いて、村人に伝えていたということだ。祖父の話ではほかにも仕事がありそうだったが、それはとうとう聞かずじまいだった。



 そのとき可音が、犬を数えるのをやめてまた泣き出した。声はさっきよりも小さく、我慢してもどうしてもれてしまうという様子だ。


「すみません。……やっぱり、こみ、上げてっ、きちゃってぇ」

 レースで縁どりされたハンカチを鼻から口に当て、可音は肩を上下させる。

 チロはじっと彼に寄り添い、その顔を見上げたり床に視線を落としたりしている。


「でも、けっこうたくさん数えた」

 薫が、おだやかな声で語りつつ、ごそごそとティッシュを取り出した。そして可音にそれを渡した。

 可音は真っ赤な目で彼女に会釈すると、かなり大きな音で鼻をかんだのだった。


「実際、どう? やってみて」

 茜が尋ねると、彼は考え込み、大きく息を吸い込んでから話し始めた。


「数を数えてる間は、ほかのことが考えられないのが、意外とよかったですぅ。ただもう一回、感情の波が来たときに、それに負けちゃいました。なんか勝てる気がしません」


「初めてでこれなら、続ければもっと記録更新できると思うよ?」

 茜は、可音と薫の顔を交互に見つつ、小さな笑みを浮かべた。

 それでも可音は自信なさげにうつむき、首を横に振っている。


「まあ、うまくいかなくても、それだけすぐ泣けたらさぁ、声優としてはメリットじゃね? 悲しい場面やんなきゃいけねーときとか、一発でOK出るっしょ」

「だめですよぉ。泣く演技をするのに自分が泣いてちゃ……うぅ、……演技や、ほかの声優さんたちとのバランスを、コントロールできないじゃないですかぁ」

 詰まりながらも、可音は冷静に意見を述べた。


「なんだよー。せっかく励ましてやろうと思ったのに。そんだけわかってんならさぁ、花壇荒らすなっつーの! なあ、拓!」

 恭平は、体をくねらせつつ口を尖らせた。


「俺からは、さっき言ったとおりだ。自分を抑えて、花壇を荒らさないようにしろ。そして明日、荒らしたところを俺たちと一緒に片付けるんだ。いいな?」

 リッピアの言葉から受けた衝撃とおさまらぬ動揺とを隠し、拓は言い切った。

「はい……」

 可音は小さく頷いた。 

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ