45 二度目の春が来て 45 予想外の言葉
いらしてくださり、ありがとうございます。
今回も通常より長いです。
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謎の誰かとの「通話」を拓に聞かれたリッピアは、どこで彼がそれを聞いたのかを探る。
拓とリッピアとの、心内語でのやり取りは続く。
一方、見た目が「男の娘」の桜前可音は、荒ぶる自分を抑えるため、犬を数える。
リッピアは眼光で射抜くように、拓を見つめ続ける。
いつまで経っても表情が変わらない。笑みは消え、目や唇、その周りの皮膚から、心細さを押し隠しているみたいな緊張が感じられる。
どうやら、拓がどこで彼女の「通話」を聞いていたのか、彼女には見えないようだ。
――失敗したんだろ? 任務か何かに。それも、今日が初めてじゃないよな。
拓は畳みかけた。
リッピアの眉根に、微かに皺が寄った。
――関係ないでしょぉ? 拓には。
――ある。感覚はないとはいえ、無理やりキスされた相手だ。それに花壇を――お前が面倒を見てるチューリップを荒らされてしまった責任も、感じている。
拓は体の脇で拳を握りしめた。言いながら胸の鼓動が速く強くなるのがわかった。
――そう。で?
リッピアは少しだけ眉を持ち上げた。
――ほかにもある。お前を見てると、妹ってのはこんな感じなのかと思う。なぜ、俺を騙してまで菖蒲院を犯人にしたがったのかは説明してほしい。本人は知らねーとはいえ、不愉快だ。
拓はそこでひと呼吸置いた。
――ただ、お前が嘘をついていたことがわかっても、俺はお前を憎めない。むしろ、必死で任務か何かを成功させようとするのがほっとけないっつうか。自分でも信じがたいが、俺にできることがあるなら、言ってほしいとさえ思う。
――馬鹿ねぇ。
リッピアは拓の顔から少しずれた所に視線をやり、遠くを見た。髪に手を当て、指を少しずつ動かしている。
表情の険しさがゆるんだ、ということは拓にもわかる。だが、彼女の目からはそれ以上の心情が読み取れない。
――拓は、母方のおじいさんにそっくりだね。おじいさんもあなたも、ほぉんと、賢くないなぁ。
――じいさんを知ってるのか!? 賢くないって、どういうことだよ!
――さぁね。拓のおじいさんの意識が戻らないのも、そのせいかも。
リッピアは拓に向き直り腕を組むと、高らかに笑った。しおれかけた花が水を吸い上げたように、シャキッとしている。
拓の母方の祖父である高天原重蔵は、ずっと前から病気で入院している。
白い口髭と顎髭をたくわえ、シャツにサスペンダー、スキニーパンツが似合う、孫から見てもダンディーな男だった。
が、もう長いこと意識不明だ。
古来「華」と呼ばれた花の精が見え、それと心内語で話せる「華眼師」の能力は、高天原家に代々伝わってきた。
けれどもその能力は、娘すなわち拓の母親にはまったく受け継がれず、拓の代で再び現れたのだった。
――ねぇ、拓は、華眼師の力をどう使おうと思ってるのぉ?
リッピアの声が、拓を現実に引き戻す。間延びしつつも、咎める響きがある声だ。
――どうって、別に。持ってても、役に立つ能力でもねえし。
――褒める気はないけど、あの菖蒲院高華ですら、花のあるべき姿が見えるとかいう力を、活け花に活かそうとしてるのにぃ。拓はほぉんと、ろくでなしだねぇ。
リッピアは憐れむような目で、溜息をついた。
――そんなのであたしの兄になろうだなんてさ、一万年早いっての。
そして、目を細めて、続けた。
――これは、拓が思ってるより、ずぅっと根が深い問題だよぉ。持ってる力を活かすも殺すも、本人次第。はっきり言って、拓のおじいさんは失敗した。でも拓はそれを知らないしぃ、知ろうともしないんでしょ?
――どういうことだよ!?
リッピアはふふん、と笑うと、去っていってしまった。
祖父が元気なうちに話を聞くべきだった、と拓は思った。
祖父の失敗など、考えたこともない。
拓が知っているのは、華眼師の仕事は、曾祖父の代には、職業としてそれだけで食べていくのは難しいものだったこと。そして、華眼師は、農作物をよりよく育てる方法や、その年の農作物の豊作・不作、台風などの自然災害や天候の情報を花の精から聞いて、村人に伝えていたということだ。祖父の話ではほかにも仕事がありそうだったが、それはとうとう聞かずじまいだった。
そのとき可音が、犬を数えるのをやめてまた泣き出した。声はさっきよりも小さく、我慢してもどうしても漏れてしまうという様子だ。
「すみません。……やっぱり、こみ、上げてっ、きちゃってぇ」
レースで縁どりされたハンカチを鼻から口に当て、可音は肩を上下させる。
チロはじっと彼に寄り添い、その顔を見上げたり床に視線を落としたりしている。
「でも、けっこうたくさん数えた」
薫が、穏やかな声で語りつつ、ごそごそとティッシュを取り出した。そして可音にそれを渡した。
可音は真っ赤な目で彼女に会釈すると、かなり大きな音で鼻をかんだのだった。
「実際、どう? やってみて」
茜が尋ねると、彼は考え込み、大きく息を吸い込んでから話し始めた。
「数を数えてる間は、ほかのことが考えられないのが、意外とよかったですぅ。ただもう一回、感情の波が来たときに、それに負けちゃいました。なんか勝てる気がしません」
「初めてでこれなら、続ければもっと記録更新できると思うよ?」
茜は、可音と薫の顔を交互に見つつ、小さな笑みを浮かべた。
それでも可音は自信なさげにうつむき、首を横に振っている。
「まあ、うまくいかなくても、それだけすぐ泣けたらさぁ、声優としてはメリットじゃね? 悲しい場面やんなきゃいけねーときとか、一発でOK出るっしょ」
「だめですよぉ。泣く演技をするのに自分が泣いてちゃ……うぅ、……演技や、ほかの声優さんたちとのバランスを、コントロールできないじゃないですかぁ」
詰まりながらも、可音は冷静に意見を述べた。
「なんだよー。せっかく励ましてやろうと思ったのに。そんだけわかってんならさぁ、花壇荒らすなっつーの! なあ、拓!」
恭平は、体をくねらせつつ口を尖らせた。
「俺からは、さっき言ったとおりだ。自分を抑えて、花壇を荒らさないようにしろ。そして明日、荒らしたところを俺たちと一緒に片付けるんだ。いいな?」
リッピアの言葉から受けた衝撃とおさまらぬ動揺とを隠し、拓は言い切った。
「はい……」
可音は小さく頷いた。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。
ご来訪に心から感謝いたします。




