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44 二度目の春が来て 44 どこでそれを 

いらしてくださり、ありがとうございます。

今回は、いつもよりやや長めです。

 うーん、と可音は顔をしかめ、下を向いてしまった。

「自信がないですぅ。犬が何匹、って数えても、単調だからすぐ耐えられなくなりそうで」


「『チロが』にしてもだめか?」

「せっかく、皆さんで考えてくださってるのにあれですけどぉ。……自分の感情が嵐みたいになってるときに、数を数えてクールダウンなんて、皆さんできますぅ?」

 逆に可音にかれた一同は、顔を見合わせ黙ってしまった。




「じゃ、もう、ほかの部を襲撃してもらうしか」

「だ・め・だ!」

 恭平の新たな提案は、一瞬でクリスタルに却下された。


桜前君さくらまえくんにとって大切なものが――増えていけばいいんじゃないのかな? そのワンちゃんみたいに。大切なものの中に花が入ってくれれば最高だけど」

 茜は、チロを見つめながらゆっくりと言葉をつむいだ。


「そうなりゃいいけど、そりゃ理想論つーかなんつーかさぁ……。もし花の世話をしたってさぁ、こいつが花を好きになるかはわかんねーんだよ? 建物だって、いくら見たって好きになれないって言ってたじゃん、さっき」


「だよね。でも、やってみないとわからないんじゃないかな」

 恭平に答えた茜は、高華はどう思うか、とたずねた。


「わ、わたしは、まず定期的に彼の体力を消耗させるべきだと考えます」

 高華は胸に手を当て、息を切らせて走ってきた人のように肩を上下させた。

 少し前に赤くなっていた顔は、今はどちらかというと青ざめている。


「すぐに警察に突き出して矯正きょうせいしてもらうのが、ベストだと思います。でもそれがかなわないのなら、花壇を荒らす体力・気力を失わせ、その状態を維持すべきです。心なんて、外からじゃわからないんですし」


 言い切ってから高華はあわてたように、

「あ、でも、花を大事にする心が芽生えれば、車の両輪がそろうみたいなもので、さらに効果的ですが」

 と茜を見た。


 《体力・気力を失わせ》、の辺りから目を伏せていた茜は、口角をかすかに上げた。でも、依然としてうつむいている。



「……不満をめすぎないのも、大事かも」



 薫が、小さな声を出した。上目づかいでじっと可音を見つめている。


「溜めすぎないって? ぼくの生活なんて、不満以外ないですよぉ?」

 可音の語気がややきつくなった。口元には皮肉っぽい笑いが浮かんでいる。


「でも、好きなものも、なりたいものももうあるんでしょ? ……一日に少しでいいから、それに時間をかける、とか」

 言葉を区切りながら、考え考え、というように薫は彼に話しかける。


「アニメを見ることですか? でもそれやってもだめで、ほかの人になりたくて始めた女装をしても、なんかどんどん黒いものが自分の中に溜まっていって――やっぱり、我慢できなくてぇ! うわぁぁああん!!」

 可音は顔をくしゃくしゃにすると、手の甲で涙をぬぐった。


 拓が予想できないほど、大きな声だ。

 薫はおろおろしながら、

「アニメ見るだけじゃなくて、……声優になるための、ことも、だよ」

 とささやいた。

 可音は聞こえているのかわからない感じで泣き続ける。


「泣くのはいいことだ。だが、この時間なんでな。近所迷惑にならないよう、少し声をおさえてくれ」

 クリスタルが落ち着いた声で言うと、可音はテーブルに突っ伏し、体を震わせながら嗚咽おえつした。

 チロはクゥゥンと細い声を上げ、可音に体を擦りつける。


 ――ああもう、ほんと人間って、まどろっこしいしめんどくさいし、なんなのかなぁ?

 リッピアは立ち上がって可音の背に乗ると、片足でぎりぎりと彼の後頭部を踏みつけた。


 普通の人間には見えぬ花の精がやることだ。もちろん可音には影響はない。

 可音の体を物理的に動かすのとは違うので、リッピア自身にもダメージはない。

 ないわけだが、見ている方としてはあまり気持ちがいいものではないと拓は思った。


「あっ! 犬数えろよ犬! だめもとでさぁ」

 恭平の言葉に、可音ははっとしたように顔を上げた。付けまつ毛が取れ、鼻水まみれになった顔で彼は、

「チロが一匹、チロが……ひっく、二匹……」

 と肩を上下させつつ数え始めた。その手はチロの背をでている。



 ――人のこと言えるのか?



 心内語で拓が呟くと、リッピアは可音の上半身を挟むようにテーブルに立ち、拓を見おろした。

 驚きを隠すように目の辺りがこわばり、目の光が増している。

 可音の顔は、咲き誇るチューリップの花を思わせるショート丈ワンピースのフリルたっぷりな裾と、すらりと伸びた二本の脚とに囲まれている。その光景は、拓にとって目の毒でもあった。


 ――本当はお前も、桜前みたいに泣きたい気持ちじゃないのか?

 ――ふふ、なんで急にそんなこと言うのぉ? 花の精に興味持つなんて、拓らしくないじゃなぁい。もしかしてあたしとのキスが忘れられないとか?  

 ――聞いたんだ。その、キ……キスしたあと、校舎の壁の近くで誰かと話してたろ? 「必ずやる」とか、「一人でできる」とか。

 ――なんのことぉ?

 リッピアは何度もゆるふわボブカットの茶髪に手をやった。あどけなさと色っぽさの混じった笑みを浮かべる唇は、片方の端だけ不自然なまでに上がっている。


 ――隠しても無駄だ。まどろっこしいことは、嫌いなんだろ? だったら、もう芝居はやめてくれ。

 拓は続ける。

 ――話し方も、俺と話すときとはぜんぜん違う敬語だった。「切らないでくれ」って言ったあと、お前はしゃがみ込み、膝を抱えて腕に額を押し当てていた。


 そこまで言うと、リッピアの顔色が変わった。頬の赤みが消え、緑がかった青白さになっている。

 ――どこでそれを……!?

 リッピアは唇をゆがめ、拓を凝視した。


 花の精は、人間の過去を見ることができる。

 それを見越して、拓は男子トイレでリッピアの「通話」を聞いたとき、通常トイレで行う動作だけをするように努めたのだった。


 彼女があとで確認作業をおこなっても、すぐには「確認」することができないように。

 もっとも彼女が、人間の過去の「内面」まで見られるなら別だが。

 そこは一つのけだった。

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。

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