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41 二度目の春が来て 41 なりたいもの、そして「なぜ園芸部?」

桜前可音さくらまえかのんは、「本当はなりたいものがある」と拓たちに告げた。

「……皆さん、笑いませんか?」 

「笑わないようには努める。ってか、お前がストレスだか不満だかをチューリップやパンジーにぶつけて踏み荒らしたことを思うと、笑うどころじゃねえ」

 拓は、おだやかに言ったつもりだった。が、自分でも驚くほど低い声が出た。


「ですよね。ご、ごめんなさいぃ」

 可音は身を縮め、顔を真っ赤にしてうつむいた。


「それはそれ、これはこれ。あなたがどうして花壇を荒らすに至ったのか、なるべく詳しく知りたいの。さ、続きを話してくれる?」

 茜の声には、明るく優しげな音色の中に毅然きぜんとした響きがあった。

 彼女はじっと可音を見つめている。


 可音は下を向いたまま息を深々と吸った。そして固く目をつぶった。

「……ぼく、声優になりたいんですぅ!」

 絞り出すような高い声が響いた。



 何秒も静寂が続く。

 可音は片目ずつ、目を開けた。

「声優ってさぁ、アニメや吹替え版の映画のエンドロールに名前が出てくるあれだよなぁ」

 恭平が顎に手を当て、顔をしかめた。


「かぁーっ、またよりによって収入の安定しない、浮き沈みの激しそうなもんを」


「建築設計事務所だって、仕事がなければ収入は減ります。にしても! まったく気が知れません」

 高華は、憮然ぶぜんとした顔でそっぽを向いた。


「でも、なれるかも」

 薫は仏に祈るみたいに合掌し、その指先で唇を押し上げている。

 拓は、声優という仕事について具体的なイメージがあまり湧かなかった。可音の、男にしては高く澄んだ声でやっていけるものかもわからない。

 ただ、建築設計事務所とはかけ離れている仕事だと思った。


「なんで、なりたいの? 声優」

 茜が静かにうながす。

「ア……アニメに助けられたからです」

 可音はまた、チロを見た。

 チロは、大丈夫ですかご主人、とでもいうように可音を見上げ、尾をひと振りする。


「さっき話したとおり、ぼくはいつも、家族といてもひとり、みたいな気持ちで。自分の部屋でチロと遊びながらアニメを見るときが、一番心が安らぐんですぅ」

「なるほど」


「アニメを見てるときはいやなことを忘れられますぅ。次の回が楽しみでそれまで頑張ろうって思ったり、台詞に励まされたりすることもよくありますぅ。それに」

 可音は初めて、ほっとしたような笑顔を見せた。


「好きな声優の声って、聞いてるだけですごく元気になれるんですぅ」

 ただいい声・好きな声だから心惹こころひかれるわけではない、と彼は力説した。

 親みたいに、可音が自分の思うとおりにならないと手のひらを返したような冷たい声になることもない。弟みたいに、親の前では友好的にふるまうけれど二人きりのときは嫉妬(しっと)や競争心が()き出しの声を出す、ということもない。そういう不安定さがないのだと。


「でも、裏表があったり途中で暗黒面(ダークサイド)に落ちたりする役だと、同じ人でも声、変わるよね?」

 薫が目をしばたたかせる。


「振れ幅はあっても、役の範囲内で声は安定してますから。アニメの中でなら、豹変(ひょうへん)もキャラとして楽しめますしぃ」

「うん」

「とにかく、二次元の絵が、声のおかげでキャラクターとして生き始める感じがすごいなって」

「あー、あるかもそれ」

 薫は、可音が好きな声優についても尋ねた。


 拓にはさっぱりわからない。が、二人はその声優について話が盛り上がっていた。



「で、お前は声優になるために、具体的に何をしたんだ? 声優養成学校のパンフレットくらい取り寄せたか?」



 拓が可音に問う。



「何も……」

 可音は首をすくめ、上目遣(うわめづか)いで拓を見た。

 薫は、黙ってもどかしげに二人を見つめる。 


「どうにもなりはしないってあきらめてたんだから、仕方ないんじゃない? そこは」

 茜が頬に手を当て、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


 けれども拓は、腹の虫が収まらない。

「親に直談判じかだんぱんしろ、と思うが、それが難しそうなのはわかった。やりきれない気持ちのけ口を探しちまうのも仕方ないかもしれねえ」

 そこで拓は大きく息を吸い込んだ。


「だがなぜ花壇なんだ? 通販でサンドバッグでも買って一人で殴ってりゃいいじゃねーか。それに、楽しく活動してるのが許せねーっつったけど、そんなの園芸部だけじゃないだろ? バスケ部だって水泳部だって、軽音楽部だっていいはずだ。なんで園芸部なんだ!?」

 胸に渦巻いていた疑問を、拓は一気に吐き出したのだった。



「弱そうだったから、ですぅ」

 黙り込んだあと、観念したように可音は口を開いた。困惑とあわれみが混じったような目で拓を見据えている。


「園芸部って、部活の中ではマイナーじゃないですかぁ。叩いても別に大きな問題にはならないかなって。……ごめんなさい」

「なん……だと?」

 拓は、握りしめたこぶしをぐりぐりと木のテーブルにりつけ、可音を殴りたい衝動に耐えた。

 恭平は舌打ちし、茜と薫も息を呑みけわしい表情になっている。 


「花は、ずたずたにしても何も言わないしぃ」


 ――ったく。何も言わないんじゃなくて、てめーが聞く耳持ってないんだって、言ってやりなよぉ、拓。

 拓の背後から、リッピアが声をかけてきた。のんびりした口調の抑揚よくように、静かな怒りがこもっている。

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。

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