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40 二度目の春が来て 40 なぜ、できないと決めつける? 

いらしてくださり、ありがとうございます。


「ちなみに彼女、活け花の家元の娘だかんね。次期I・E・MO・TO。ドゥユゥノゥ?」

 口の横に手を当てるささやく仕草と、それがまったく意味を持たぬ大声で恭平が可音かのんに伝える。すると、


「知ってますぅ。菖蒲院高華しょうぶいんたかかさんですよね? 迷いがない人は、うらやましいな」

 と彼は目を伏せた。


「……建築設計事務所なんて、継ぎたくないですぅ。けど、しょうがありません。だってぼくしか、いないんで」

 最後に顔を上げると、泣き笑いみたいな表情で可音は全員を見渡した。


「で、その不満を花にぶつけたってわけか」

 拓の胸のうちに、またふつふつと怒りが湧いてきた。



 もう一つの疑問も。



 だが、問いを発する前に、薫が再び口を開いた。

「なんで、継ぎたくないの?」

 大量のクエステョンマークが詰まっているような目だ。


「ぜんぜん興味を持てないんですぅ、建築に」

 可音は、胸元のビジューをきつく握りしめた。そして、濡れたような目でじっと彼を見上げるチロに微笑(ほほえ)みかけた。


「例えば、うちの家族はよく、ネットにアップされてる建物の写真を見ながら楽しそうに話をするんですぅ。けど、ふぅん、って感じで。ぼくだけ中に入っていけないんですぅ」


 彼が肩を落とすと、チロがぴく、と首を伸ばした。

 そのまなざしはどこか彼の保護者めいている。阿吽あうんの呼吸、と言っていいほど彼らは通じ合っているようだと拓は思った。


「突きつめれば、建物なんてただの大きな箱じゃないですかぁ。そんなものでなんで盛り上がれるのか、ほんとわかんなくて。ひょっとしたらぼくだけ血がつながってないのかもって思ったりぃ。……家にある建築関係の本を読んでもぉ、父が話してた建物を実際見に行ってもぉ、まったくだめでした」


 それに、と可音は続けた。

「建物って、好きになれる要素ゼロですよぉ。犬と違ってついてこないし、やわらかくないし、温かくないしぃ」


「んな建物あったら逆に怖いわ!」

 恭平が小声で呟いた。 


「ほかにやりたいこと、あるの?」

 薫が可音の顔を覗き込む。


 チロを見て少しゆるんでいた可音の表情が、瞬時に硬くなった。

「あったって、どうせできやしないんですぅ。考えるだけ無駄ですぅ」

 声が震えている。



「なぜ、できないと決めつける?」



 初めてクリスタルが会話に入ってきた。


「わたしから見れば、あなたがいやいや建築事務所を継いで、やる気がないまま欠陥住宅けっかんじゅうたくや欠陥オフィスを建てる方がよほど恐ろしいよ。なんせ建物には人命がかかってるからな」


 体をひねってクリスタルの顔を見た可音は、視線を戻すと、溜息ためいきをついた。

「やる気のあるなしと建物の欠陥は、関係ない気もしますけどぉ」

 眉根に皺を寄せたまま可音はまたクリスタルを見、口をつぐんだ。それから、前髪をゆっくりと掻き上げた。

「でもぉ、そういうこともあり得るかもしれません」


「おっかねーこと言うなよ! 将来お前に仕事を依頼するやつがかわいそうになってくるわ。やっぱり継ぐのやめたら? 今のうちにさぁ」

 恭平は両手の指を広げ、腕をランダムな方向に振りまくった。

 可音は困ったような、はにかむような顔で黙っている。


「わたしも、今みたいな気持ちでお父様の仕事を継いでほしくないです」

 不機嫌そうな高華の声が響いた。

「あなた方にはわからないでしょうけど、わたしは知っています。やる気がなければどうしても抜けが生じるし、周囲にも悪影響を与えると。それにさっきのキレ方! あんなふうにキレて自分をコントロールできなくなったら、自暴自棄じぼうじきになりおかしな建物をつくりかねません。危険です! ……って、何をにやにやしてるんです!?」


「別にぃ。お前が言うかとか俺、ぜんっぜん思ってねーし」  

 恭平がは頭の後ろで手を組み、唇をミミズみたいによじらせた。

 それに対し高華は頭から湯気が出そうなほど顔を赤くし、「一緒にしないでください!」と叫んだのだった。


 拓は、高華の「自分自身を棚に上げるさま」に感心しつつ、可音を捕獲ほかくしたときのことを思い出していた。

 あのキレ方は確かに尋常じんじょうではなかった。


「ほかにやりたいこと、あるんだよね? よかったら、なんなのか聞かせてくれないかな」

 あかねが、話が途中になってしまっていた薫の質問を拾い上げ、続きを尋ねた。


 えぇ、でもぉ、ともじもじする可音に茜は、

「やりたいことがあってもどうせできない、って言ってたわよね? けど、話を聞かなければ、本当にできないかどうかわからないと思って」

 とやわらかい声をかけ続ける。


「一人で考えるよりはみんなで考えた方が、アイデアが出るかもしれないし」

「うん!」

 経験に裏打ちされたような力強い声で薫が茜に同調し、可音と目を合わせる。



「……本当は、ぼく、なりたいものがあるんですぅ」 

 桜色に頬を染め、可音は消え入りそうな声を震わせた。

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。


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