04 二度目の春が来て 4 子猫!?
「お、おい! 大丈夫か」
拓と茜が駆け寄ると、恭平の下で、頭を抱えた女生徒が倒れていた。
彼女はぎゅっと目をつぶっている。
女生徒の脚の間とおぼしきところに、恭平の頭がある。
「……いててててっ」
彼女のスカートに手のひらを当て這いつくばったたまま、恭平は顔を上げた。
黒髪でショートカットの小柄な女生徒は、目を開けると、ひっ! と息を呑んだ。
「ごめんよ。ちょ、だいじょぶ?」
起き上がりかけた恭平の手が少しずれ、女生徒の腿の辺りに当たってしまった。
「フゥゥゥ―――ッ!」
怒りを露わにした子猫のような声がした。
ほぼ同時に、女生徒が蹴り上げた足の爪先が恭平の顎にヒットする。
「ぐぼぁっ!!」
彼は大の字に廊下に転がった。
「薫ちゃん!」
茜の声に、ようやく少女は目を開けた。
「薫!?」
拓もはっとして彼女の顔を見る。
確かに春島 薫だった。
およそ一年前、拓と茜は、薫の母親の依頼を受け、園芸部の仕事として、春島家の庭にパンジーとビオラの苗を植えた。
「元気がなかったらさ、植えてももらえないわけ?」
不登校がちで家に引きこもっていた彼女は、そのとき、ひょろ長い苗のポットを抱えて拓を睨んだものだ。
「え、なに、みんな知り合いなわけ?」
顎をさすりながら、恭平がふらふらと立ち上がった。しかし、拓も茜も彼の方を見ていない。
新入生たちは、ひそひそ言いながら、あるいは見て見ぬふりをするように通り過ぎていく。
「ども」
薫はむすっとしたまま茜と拓の顔を見上げた。
ぺたんと座った状態のままスカートの裾を伸ばし、腿の辺りを手で何度も払っている。
目と目が離れているのはあいかわらずだ。ほんの少しだけ、幼さが減ったか。
「大丈夫? 立てる?」
「うん」
手をさしのべた茜に対しあるかなきかの声で頷くと、薫は立ち上がった。
途中でちょっとよろけ、茜につかまっていた。
保健室に行こうと茜が言っても、薫は「平気」と首を横に振った。
「ごめんな。ちょっとバランス崩しちまってさぁ」
頭を掻きながら恭平は薫に詫びた。
だが薫は、
「フゥゥゥ―――ッ!」
と肩をいからせ、気が荒い子猫みたいな目で彼を睨みつけるのだった。
「おわ、おっかねぇ! 顎を蹴られて俺も痛かったんだけど!」
「お前が悪いんだろ!」
拓は恭平のブレザーの襟を掴み、薫から思いきり引き離した。そして彼を廊下の隅の方に引き摺っていった。
「なぁんでよぉ? 俺はただ、茜ちゃんと再会のハグをしようとしただけなのにさぁ」
口を尖らせ、ジト目で恭平は拓を見た。
「去年言ったよな。部員にさわるなって」
「ハグもだめなのかよ! 挨拶じゃん挨拶。海外じゃ当り前よ?」
恭平は腕を大きく動かしながら体をくねらせる。
「全宇宙で当り前でもここではだめだ!」
「わかったよぉ! だからそんな怖い顔すんなって。空気がシベリアになるじゃんよ」
「怖い顔などしていない。生まれつきだ」
「あっそ。で、あの子誰?」
恭平は顎をさすりながら薫を見つめる。
シベリアどころか北極圏に到達しそうな空気を、飄々(ひょうひょう)とした恭平の声が「雪解け」くらいにしていた。
「春島薫。去年の今頃、部の仕事で行った家の子だ」
「へぇー。顔はかわいいのになぁ。脚の力すごすぎだろ。まだ痛むわ」
恭平がまた顎をさすり顔を顰めていると、茜がこちらにやってきた。
「いたいた。長庭君、久しぶり。さっきの大丈夫だった?」
「全然! オールオッケー! あんがとね」
恭平はそのあと
「茜ちゃん、あいかわらずかっわいいなぁー」
と言ったのだが、その言葉は茜の左耳から右耳へとスルーされていた。
「拓。薫ちゃんね、園芸部に入りたいそうよ」
薫は茜の陰に隠れるように立ち、顔だけ出して拓を見上げていた。
「ほんとか」
拓が尋ねると、薫はまた、あるかなきかの声で頷く。
「聞こえねえ。入部したいなら、ちゃんと自分の口で言え」
冷徹に拓が言い放つと、薫は、完全に茜の後ろに隠れてしまった。
昔、「ラッキースケベ」なる言葉ありけり。
恭平はそれっぽくないですが。
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