38 二度目の春が来て 38 ボディチェックとその後の部室
「思い出した。桜前可音!」
薫は、足を踏ん張り可音に人差し指を突きつけた。
「こら、人を指さすなって前から言ってんだろ」
拓は薫を注意したあと、桜前可音の目を見つめた。
「桜前。悪いが縛らせてもらうぞ」
「ごめんなさい」
可音の肩が、微かに震えた。彼は身を縮め、おどおどした表情で拓を見上げる。本当に、人格が変わってしまったかのようだ。
「……やっぱりやめた。俺と長庭で、両腕を掴んで連れていく」
「なんでだよ!」
恭平が素っ頓狂な声を上げる。彼はまだ、可音の脚にまたがっている。
「ちょぉっとしおらしくなったらさぁ、すぐ信じちゃうわけ!? 甘くね?」
「面が割れてるし、こいつは今、謝った。花壇を荒らすのに使った犬は、もうあいつらが押さえてるし」
「でもタカビーサイコみたいに、はさみ隠し持ってっかもよ?」
「ふむ。じゃ、簡単な身体検査だけはさせてもらうか」
ちょっと待って、と茜が声を発した。
「女の子の格好してるけど、メンタルは男ってことでいいのかな? ほら、男と女、どっちが検査するのがふさわしいかとかあるし」
怒りを飲み込んだままの表情ではあるけれど、口調はさばさばしている。これは、拓が知っている茜の範疇にあった。
「お、男ですぅ。いちおう」
顔を赤くし、もじもじする可音の様子はやはり少女のイメージだ。拓の胸のうちに戸惑いが広がった。
可音を立たせ、女子たちに向こうを向かせる。自分が可音の腕を押さえ、服の上から恭平に彼のボディチェックをさせる。
今更ながら、細い腕だった。
本当に、なんでチューリップを傷めつけたんだ……。
奇妙な渦巻みたいなものがもやもやと胸に生じる。どこを見ていいかわからなくなったあげく、拓は星を見たりしてしまった。
部室に戻る途中で、クリスタルや高華と合流した。
どんな手を使ったのか拓にはわからなかったけれど、白っぽい大型犬「チロ」はすっかりおとなしくなっていた。首から先は網から出ている。
クリスタルはリードを持ってそのそばに座り、背中を撫でている。
犬は上下関係を厳しく見極めるという話を、以前、拓はテレビで見たことがあった。クリスタルにそんなことをさせているということは、彼女の方が上位だと犬が認めたということか。
「いい子でしゅねー。よく食べて大きくなるんでしゅよー」
高華は高華で、しゃがみ込んでステーキ肉の最後の一切れをやり、いとおしそうに犬を見つめている。
こいつ、犬に対してはこんな喋り方をするのか。そして、既に大きな犬にさらに大きくなれと要求している。もう横にしか成長しねえだろ。
胸のうちで拓は一人ごちた。
視線を感じて振り向くと、離れた所にリッピアが立っていた。暗い目をしている。
彼女は何秒か拓を見つめると、くるっと背を向けてうつむき、大股で去っていった。
おそらく、リッピアの「任務」か何かはまた失敗した。彼女のことが気がかりではあるが、自分もやらねばならないことがある。周りに知られぬよう、拓は小さく息を吐き出した。
先ほどまでの興奮状態はどこへやら、部室に入ってからも、桜前可音は押し黙り、うつむいている。
可音と園芸部ほかの面々は、板敷きスペースの大きな木製テーブルを囲んでいた。
パイプ椅子に座った彼のそばに拓、恭平が陣取り、斜め後ろにクリスタルが控えている。クリスタルは腕と足を組み、目をつぶっている。
茜と薫もテーブルの向かい側に掛けている。
高華は、テーブルの脚にリードをつないだ状態で、可音の飼い犬、チロの相手をしている。
可音は、花壇を荒らしたのが自分だということは認めた。けれども、その理由についてはなかなか語ろうとしない。
外を走るバイクの排気音がやけに大きく室内に響いた。
「やっぱりカツ丼? カツ丼食わねーと話す気になんねーの?」
飄々(ひょうひょう)とした口調で恭平が沈黙を破っても、彼はうんともすんとも言わないのだった。その目は潤み、彼が着ている桜色のニットのビジューと同様に光っている。
「理由を言うのが厭なら、花壇を荒らしたときどんな気持ちだったかだけでも教えてくれ」
拓が努めて穏やかに語りかけると、ようやく可音は、下を向いたまま口を開いた。
「許せない、と思ったんですぅ」
皆の上半身が動く。ほとんどが身を乗り出して可音を見、クリスタルだけは目を開けて天井を眺めた。
「ぼくは厭なこといっぱいで、やりたいことがあってもやれずにいろんなことを我慢してる。でも、園芸部はふわふわ花なんか植えて、みんなで楽しそうにしてる。……許せない、と思いました」
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なお、本日2話更新のため、2015年10月15日(木)は更新を休む予定です。




