36 二度目の春が来て 36 攻防
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拓たちは部室に泊まり、張込みをしていた。
ついに、花壇を荒らした犯人が現れる。
犬が吠える。
少女の目が見開かれ、顔がひきつる。彼女はリードを握ったまま、元来た方へと走り出す。
その背中めがけて皆で駆ける。
暗い敷地内で、茜と薫のライトが、少女と犬の姿を白っぽく浮かび上がらせる。
犬は飛び上がりざまにひときわ大きく吠えると、ライトに対して何度も吠え立てた。
「止まっちゃだめだ! こっち!!」
少女の背は決して低くない。むしろ高い方だ。が、犬の体も大きいので、どうしても引きずられてしまう。
ようやく、犬がまた主人と共に走り出したとき。
高華が手で肉のパックを叩き、犬の方に生肉を放った。
「食べなさい! ほぉら、極上のステーキ肉よ」
犬は、困ったような顔で肉と少女とを交互に見る。
「だめ!」
少女が強く言っても、犬はまだ肉に惹かれているようだ。
「まだありますわよ」
高華が、掴んだ肉を、自らも走りながらひらひらさせる。
犬の近くまで行ったかと思うと高華は、肉を手で上下させたまま後ずさりを始めた。
「おいしいわよぉ。おいで! こっちにおいで」
犬は首を伸ばし、肉を目で追う。
足を止めずにはいるが、スピードは落ちている。
口から歯と舌が覗き、輝いた目は、肉からなかなか離れない。尾も激しく振られている。
少女はリードをより強く引く。体を低くして大股で走る。
高華が微笑み、再び犬の方に肉を投げた。
犬はジャンプして肉を咥える。
少女の手からリードが離れ、彼女はバランスを崩した。転びそうになりながらも彼女は、両手を広げて体勢を立て直す。
犬の方に手を伸ばしかけて下ろし、再び元来た方へ駆け出した。
一心不乱に肉を食べ始めた犬に、クリスタルが網を投げかける。そして、網の上から素早く犬の体を押さえ込む。
犬はもがき、吠え立てながら暴れる。
が、クリスタルの怪力と、網の端に細い金属が錘としてめぐらされているせいで逃れられない。
クリスタルの腕を噛むも、その腕は長い革手袋で保護されていてあまり影響がないのだった。
「チロ!」
振り向いた少女が叫び、口を歪める。彼女は、何かを振り切るように前を向き、走り続けた。
風が吹き、中折れ帽が落ちる。
少女が頭に手をやる。
と、追いついた茜と薫が彼女をライトで照らす。
小さな叫び声とともに彼女が眩しげに顔をしかめ、目をつぶる。
その隙をついて、恭平が背後から彼女に飛びついた。
折り重なって倒れた彼らは、揉み合いになった。
ようやく拓も追いつく。
窓から見ていたときよりもずっと、少女の背は高く感じられた。
「暴れないでくれ! 俺たちは園芸部だ。話が聞きたい」
拓は少女の頭の側に回り、その両腕を押さえた。
「放せ! ぐぬぉーーーッ! ヴィニャァァアアアーーーッ!!」
彼女はかなりの力で拓の手を押し返し、長い足で恭平を蹴り上げる。
「いってぇー、こんにゃろぉ!」
馬乗り状態で恭平は彼女に殴りかかろうとする。
「やりすぎるなよ。女だし」
彼の目を拓は凝視した。
「はぁ? 何言ってんの! こいつ男だよ!」
恭平は、血走った目で唾を飛ばしながら、「少女」の喉元を指さした。
「へ!?」
さらさらした髪、丸顔に近い卵形の顔の下――拓から見れば上――で、梅干しの種が入ったような喉仏が動いている。
「でも、服もこんなだし、化粧してるし」
桜色のニットの胸元にはたくさんのビジューがあしらわれ、きらめいている。
尖った顎から遠くない唇には、自然のものとは思えない照りと赤みがある。
抵抗しつつ拓を睨みつける潤んだまなざしや、息遣いは、どう見ても少女のそれだ。
「こ、声だって、女みたいだし」
「んじゃさぁ、もっとっ、下、見てみろよっ!」
恭平は呼吸を荒くしながら首を後ろに曲げ、顎をしゃくった。そして体を少し前にずらした。
言われるままに拓は視線を落とす。
恭平の尻の向こう、「少女」のジーンズのジッパー付近が、もっこりと膨らんでいる。
茜と薫が持つライトに照らし出され、光っている。
「おと、こ……だと!?」
相手の力は強い。
とはいえ、今、押さえている腕も、服から出ているところは自分のよりずっと細く白く、産毛も生えていない。
首を伸ばして拓はもう一度、相手の局部を見た。
しかしやはりそこは、否定しようがない盛り上がりを見せているのだった。
恭平の言葉は信じ難い。
が、どうやら彼が言っていることは正しいようだった。
「ヴギュァァアアアーーーーッ!!」
ほとんど少女にしか見えない少年は、なおも体をよじり、叫び続ける。
マスカラが塗られた濃く長い睫毛が、彼の目力をいっそう強くしている。
「暴れるな。手荒なことはしない」
それでも少年の抵抗は続く。
「犬は既に俺たちが押さえた。おとなしくしてくれ」
拓は、なだめすかすように言った。
茜がライトを薫に預け、携帯端末を手にそっと少年に近づく。
茜は何度もシャッターを切った。
携帯端末のライトが、ぎらついた光を少年の顔に投げかける。
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