35 二度目の春が来て 35 相手を待ちわびる面々、そして
クリスタルは、じゃんけんで男女がどちらのスペースを取るか決めたらどうかと言った。
が、拓と恭平は、
「俺は板敷きでいい」
「だね。女子って冷えに弱い子いるんだろ? うちの姉ちゃ……姉貴とかもそうだし。俺は寒さとかもわりと平気だけど」
と畳スペースを女性陣に譲ったのだった。
畳スペースには、これもクリスタルが持ってきたテントが張られ、女性たちは早々に中に入った。
「寝袋がない者はいるか? 少し余分に持ってきたが」
クリスタルが皆に声をかける。
結果、薫が彼女から寝袋を借りたようだった。
拓と恭平は、部室にあった未使用のブルーシートを床に敷き、さらに、やはり買い置いてあった銀色の保温シートを敷いた。
そして、電気を消し、それぞれ、寝袋にくるまって眠った。
シーツの向こうから、ひそひそと話し声や笑い声が聞こえてくる。
「ガールズトークは先生だって続けたい。だが、目と口を閉じろー。今のうちに休んでおかないと、夜中もたないぞ」
というクリスタルの小さな声も。
ガール何歳までだよ!
拓は胸のうちで呟いた。が、実際に訊いたら、「灰になるまでだが何か?」と真顔で言われそうな気もした。
「なぁ、見えねー分ちょっと萌えねー?」
大変小さな声で、恭平が拓に囁いた。蓑から顔を出したミノムシのように体をよじっている。
「うわ、おま、近えよ。ちょっと離れろ。で、寝ろ」
「んだよー冷てえの!」
まだ外は明るいし、にぎやかだ。で、拓はなかなか寝つけなかった。
が、無理やり目をつぶり、恭平の言葉にも答えないでいるうちに、いつのまにか眠ったようだった。
数時間後。
「ヘェイ。……みんな、そろそろ起きろー。夜だぞぉい」
やたらテンションが低いクリスタルの声に、皆、ばらばらと体を起こした。
「すまん、みんな。わたしは朝は強いが夜は弱くてな。……ここはわたしに任せて、あなた方は先にすす、め……」
「進むも何も、ここで見張るんだが」
拓の答えにさらなる返答はなかった。代わりに、
「先生、これから見張りですよ。眠いとこすみませんけど、起きてください」
「はっ。そうだった。すまん」
という会話が拓の耳に入った。
しばらくして、
「もうそっちに行ってもいい?」
と茜の声がした。
ああ、と拓は返事をする。
「うひょー! 『そっちに行ってもいい?』 俺も言われてみてえ」
自身が這い出たばかりの寝袋を、恭平はぎゅっと抱きしめる。
「いや、お前にも言ってると思うぞ」
拓は冷静に返した。
起き上がった頃には、拓もだいぶ、暗闇に目が慣れていた。
拓は、部室のドアを少し開けた。これで、出入りしても音は立たない。
カーテンの隙間から、拓たちは交代で外を――花壇を――眺めた。
そうしているうちに、いつしか、辺りの家々の灯りがだいぶ消えていた。
濃くなった夜空に、クリアに瞬く星が増えた。
どのくらい時間が経っただろう。
「来たぞ」
声をひそめた拓の言葉に、皆、頷き合う。
「お、女? 歳は俺たちと同じくらい。ラブラドールかゴールデンかわからんが、レトリーバーっぽい犬を連れている」
背を丸め、息をひそめて、拓以外の者は部室のドア付近に移動した。
そして、上履きをスニーカーに履き替えた。
恭平は手ぶらだが、ほかの者は、手にさまざまなものを持っている。
茜と薫は、それぞれ、大きめのライトを。
高華は、ラップ部分に切れ込みを入れ、肉自体もいくつかに切り分けた生ステーキ肉のパックと、ドッグフードの小袋を。
クリスタルは、四辺に細長い金属の錘が入った大きなネットを。
といった具合だ。
クリスタルは、革製の、長くてごつい手袋も着用している。
「どうだ?」
ごく小さな無声音で恭平が問う。
「まだ辺りを見回している」
本当は、もう、一本たりとも花を踏み荒らさせたくない。けれども、
「犯行に着手したあと捕まえるのでないと、相手に言い逃れされてしまうぞ」
というクリスタルの言葉を論破することができなかったのだった。
みぞおちが痛み、拓は微かに顔を歪めた。
つばの短い中折れ帽をかぶった少女は、まっすぐに花壇に近づいてきた。
髪型はおかっぱみたいに、襟足近くでまっすぐ切りそろえられたボブカット。長めなニットにジーンズという格好で、華奢だ。
白っぽい大きな犬も、長い尾を振り、おとなしくついてきている。
あいつが――。
今すぐにでも取り押さえたいのを、拓はじっとこらえる。
部室の電気ポットが沸騰するときみたいに、心臓が慌ただしく大きな音を立てている。
少女は花壇の前で立ち止まると、端から端までを見渡した。
それから、正面を向き、ややうつむいてじっとしていた。
リードを持っている手も、持っていない方の手も、ぎゅっと握りしめている。
彼女の肩がゆっくりと上下する。帽子のつばで表情は見えない。深呼吸でもしているのか。
「おいで」
彼女は、抑揚のない声で犬に言った。窓ガラス越しでも、驚くほど声が聞こえる。続いて彼女は、犬を花壇の中へと促した。
あーっ!! 花が! やめろ!!
拓は胸のうちで叫んだ。
犬は尾を盛んに振って花壇に入ると、鼻を突き出しチューリップの匂いを嗅ぎ始めた。
既にパンジー・ビオラと一部のチューリップが犬に踏まれている。
拓は、自分の体が踏まれてずたずたにされるような心持ちがした。
「行くよ」
暗い声とともに、少女は花壇の辺に沿って走り出した。リードは持ったままだ。
犬もヘッツヘッ言いながら花壇の中を駆け始める。
「作戦開始!」
拓は無声音で号令をかけた。
園芸部員たちと高華、クリスタルが部室を出て走る。
拓もそのあとを猛ダッシュで追う。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。
ご来訪に心から感謝いたします。
なお、本日2話更新のため、2015年9月24日(木)は更新を休む予定です。




