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34 二度目の春が来て 34 部室に泊まる  

 翌々日の午後までに、拓たちは、高華が差し入れたものを含めすべての花の苗を植えた。

 ちなみに、被害にったチューリップの球根は、花や折られた葉を取り除いて、依然として土に植えてある。次の年に花をきれいに咲かせるためにも、球根に養分を与える必要があるのだ。


 踏み荒らされる前のような、いや、それよりももっと華やかな花壇ができ上がった。

 赤、ピンク、白、黄色などのチューリップは、花と長い茎とが、りんとした姿勢で風にそよいでいる。

 オレンジ、白、青などのパンジー、ビオラは、より低い位置で可憐にこちらを見上げているようだ。

 キンギョソウは、まさに金魚鈴生きんぎょすずなりという言葉がふさわしい。


 もう、絶対に荒らさせねえ!

 拓は心にちかった。


 ――犯人は菖蒲院高華しょうぶいんたかか、ってわかってるのに。あー、なんで人間って、まどろっこしいことするのかなぁ?

 甘ったるい、間延まのびした声とともに、リッピアが拓の顔を見上げた。


 お前こそ、なんでこんな芝居を続けてるんだ? あのとき、トイレの下で誰と話してた?


 問い返したいのを、拓はぐっとこらえた。


 ――そりゃ、菖蒲院がチューリップを切ったのはよくねえ。けど、やっぱり全部踏み荒らすってのはあいつの考えと違うような気がしてな。ゲオゲオ吐き気と闘いながら毎日作業してるのを見てても、そう思う。


 ――あたしが現場を見たって言っても、ちぃっとも信じてくれないんだね。

 悲しげな目は、少しも曇りなく、まっすぐに自分を見据えている。


 任務か何かのためにここまで真剣にやっているのかと思うと、拓はリッピアを憎めなかった。

 むしろ、いじらしかった。



 いったい、誰のために。何のために。



 という言葉を飲み込み、努めておだやかに拓は言った。


 ――信じてないわけじゃねえ。けど、あいつが飼ってる犬の足形と花壇に残ってた犬の足跡、一致しなかったんだよ。昨日、茜が撮った足跡を拡大したのと比べてみたんだが。

 ――その辺を歩いてる犬とか、使用人のペットとかかもしれないじゃなぁい。

 リッピアはしれっとした顔で、口を尖らせる。


 ――かもな。だが、あいつ、放課後、使用人にその犬を連れてこさせたんだよ、学校に。ゴールデン・レトリーバーで……って、お前には見えてるんだよな。菖蒲院にすごくなついてて、魚拓ぎょたくみてーに足形とるときも、おとなしいもんだったぞ。

 ――ふうん。すっごい隠蔽工作いんぺいこうさくだねぇ。

 ――俺は、花壇が荒らされた所を見てねーしな。いろんなことを総合して、もっと考えたいだけだ。


 拓はなおも言葉を継いだ。

 ――なあ、リッピア。お前、どうしてそう、菖蒲院をきらうんだ?

 するとリッピアの顔に、ごくわずかだが戦慄せんりつが走った気がした。


 ――はぁ? 拓、頭に何か湧いてるぅ? チューリップを傷つけた人だよ? 好きになれるわけないでしょぉ。

 そう言ったときには、いつもの、怒っていてもあどけなく妹っぽいリッピアに戻っていた。    


 アンジーは、と拓が花壇を見渡すと、キンギョソウの精らしき若い男性と、離れた所で話をしているのが見えた。

 ま、アンジーだって嘘をついてるかもしれねえ、って思わねーとな。

 拓は胸のうちでひとりごちた。


 夕方になった。まだ外は薄明るい。

 園芸部員と高華、クリスタルの面々は、近所の銭湯で入浴を済ませた。

 そして、各自が持ってきた動きやすい私服に着替えて部室に戻ってきた。

 シャツやトレーナー、長袖Tシャツ、キャミソール、と上はさまざま。下は全員、パンツ姿だ。

 部室のドア付近から旧校舎の入口まで皆で新聞紙を敷いたあと、カーテンを閉め、夕食をとった。


 むかし校務員の宿直室だっただけあって、部室には古い電子レンジがあり、昨年の夏にリサイクルショップで購入した、小さな冷蔵庫も備え付けられていた。 

 それで、全員がそろってから、コンビニのおにぎりやピザ、惣菜を皆で分け合って食べた。


 温かいピザを部員たちと食べていると、来たる事態に向けての緊張がほぐれていく。


 ついこの間まで、茜と二人だったのにな。

 拓は不思議な気持ちで皆を眺めたのだった。


 デザートのシュークリームを食べつつ、彼らは、犯人が来たときに誰がどのような動きをするかを話し合った。

 そして、「外に人通りが多い間は、犯人は来ないだろう」と予測し、早めに休息をとることにしたのだった。


 クリスタルの提案で、板敷いたじきスペースと、奥の小上がりみたいな畳スペースとの間にワイヤーが張られた。

 そこに、彼女がスーツケースに入れて持ってきたシーツが何枚か掛けられた。


「これが境界線だ。ティーンの頃、古い映画で見たものにヒントを得ている。女性がトイレに行くまたは体調不良などの場合は、通り抜けないと廊下に出られないので、越えていい。だがそれ以外で越えたら、あなた方の誰であれ、容赦なく絞めるぞ!」


「イエッマム(Yes,Ma'am)!」 

 恭平が反射的に答えていた。 

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。


本日はもう1話あります。

なお、本日2話更新のため、2015年9月24日(木)は更新を休む予定です。

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