33 二度目の春が来て 33 皆で考え、決める
いらしてくださり、ありがとうございます。
「なっ。なんでですか?」
「これだけの量のチューリップを買い取る部費は今ない。それに、部員の個人的な出費を許せば、ほかの部員にもそれを強いることにつながる」
ぶっきらぼうな拓の言葉に、一瞬、辺りはしんとした。
「なぁーに堅いこと言ってんの! タカビーサイコは口では謝れねえようだけどさぁ、これ、謝罪の菓子折りとかと同じだろ? 黙って受け取ってやれよ拓!」
恭平が、汚れたゴム手袋をはめたまま拓の背中を叩いた。
「誰がタカビーサイコですって!?」
という高華の言葉を無視して二人は会話を続ける。
「謝罪の菓子折り?」
「そ。仕事でミスして迷惑をかけた取引先に、高級な菓子折りを持って謝りに行くんだとよん。父ちゃんが言ってた」
恭平は頭の後ろで手を組んでいる。
にやにやしながら、彼は続ける。
「いや、俺はさぁ、まだ菖蒲院を疑ってるよ? アリバイ作りって線も消えちゃいねえ。けど、もう疑われてんのに、毎日ゲーゲー言いながら作業しに来るメリットも考えつかねーし、アリバイのためだとしてもさぁ、使えるもんは使えばいいやね」
「だが、いったん例外を許してしまうとあとあと運営が難しくなる」
「だからそこはさぁ、拓とか茜ちゃんとか俺とかで食い止めればいいっしょ?」
恭平は、もどかしげに眉に皺を寄せた。
「それに、今は非常事態っしょ? ふだんなら拓の考えでいいと思うよ? けど、非常事態なら何を最優先にすべきかで決めりゃいーじゃん。今、一番大事なのはさぁ、犯人がまた来たくなる、お花いっぱいできれいな花壇を早いとここしらえることじゃねーの?」
確かに恭平の言うことには一理あった。
「わたしも、長庭君の意見に賛成。せっかくの菖蒲院さんの厚意を、無にしたくないし」
茜も拓をまっすぐ見上げる。
「あ、ありがとうございます」
高華は横目で茜を見ながらいっそう頬を染めた。
さっきまでの堂々とした口調とは比べものにならぬほど、小さな声だった。
ふむ。
花の精になるべく頼らず、部員皆でやり方を考え、決める。
これは、その一歩かもしれない。
腕組みをし拓は考え続けた。
その間に、薫がしょんぼりしているのに気づいた。
「薫はどう思うんだ?」
「チューリップは、植えるのでいい……でも、パンジーやビオラは、抜いちゃうの?」
薫の目には涙が溜まっていた。
昨年の春、パンジー・ビオラの精スミレに出会ったことを思い出しているのかもしれなかった。
「安心しろ。それはない」
拓は即答した。それから、
「今回は、このチューリップを使わせてもらう。既に植えているパンジーやビオラ、キンギョソウはそのまま。チューリップがスカスカになっているところを埋めていくんだ。背が低い花と高い花、高低差があってどっちも密度が濃い、より立体的な花壇になるだろう」
と高華たちに告げたのだった。
薫もほっとした顔になり、皆は再び作業に取りかかった。
そこへ、顧問教師の大河原クリスタルが、大股でやってきた。
オレンジに黒いラインが入ったジャージ姿で、わしわしと頭を掻いている。
「悪い知らせだ」
園芸部員たちと高華は、一斉にクリスタルを見た。
彼女のエメラルドグリーンの目は憂いを帯び、ガタイのいい体とのアンバランスさが際立っている。
「監視カメラの映像だが、結論としては、何も撮れていなかった。……その、だいぶ前からカメラが壊れていたらしくてな」
えぇーっ、という声とともに、部員たちの顔に落胆の色が表れる。
「すまない。わたしも、安全担当の先生たちと連携して、もっとこまめに点検をすべきだった」
クリスタルは、拓たちに頭を下げた。
黒髪が、高い所で無造作に束ねられているのが丸見えになる。
「壊れてるのって、カメラの会社から連絡来ねーんすか? 回線つながってんなら、向こうから教えてくれそうなもんだが」
拓は食ってかかった。
クリスタルは顔を上げ、小さく溜息をついた。
「高いプランならな。ただ、諸般の事情で、我が校はそういったオプションのない最低限のプランで契約をしてるんだ」
一同の間に、通夜のような空気が広がる。
「だが、悪いことばかりではないぞ」
クリスタルは、目と鼻の穴を広げた。
「カメラは型が古かった。で、修理するよりも、新しいのを買った方が、時間も費用もかからないことがわかったんだ。あさっての昼には、より高性能の新しい監視カメラが取り付けられる」
彼女は、力こぶを作るように肘を曲げ拳を握りしめた。
校長に話をつけるときに、拓たち園芸部員が部室に泊まり花壇を見張る許可も、どさくさにまぎれて一緒にとりつけたのだ、とも語った。
「新しいカメラが来たあと、花がきれいに咲いた辺りで実行かな。日にちが決まったら教えてくれ。もちろんわたしも一緒に泊まる」
「あさってでいいか?」
拓は皆の顔を見渡した。
「もちろん!」
「はい!」
「オッケー」
「……うん」
全員、異なる同意の言葉を口にしながら大きく頷いたのだった。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。
ご来訪に心から感謝いたします。




