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32 二度目の春が来て 32 リッピアへの思いと、花壇の修復

拓は、リッピアが、自分に対するのとはまったく違う口調で誰かと「通話」しているのをひそかに聞いてしまった。

 一方的に誰かに「通話」を切られたらしきリッピアは、溜息とともに肩を落とした。

 それからしゃがみ込むと、膝を抱え、腕に額を押し当てた。

 彼女が頭を動かすと、ゆるふわボブカットの茶髪が左右に揺れる。

 リッピアは顔を上げ、またはぁーっと息を吐き出しながらうなだれた。


 どうも、自分が知っているリッピアとは感じが違う。

 拓が彼女から目を離せないでいると、パッチチチ、と乾いた音がした。


 リッピアが振り向く。

 拓はとっさに頭を引っこめる。

 ジャージのポケットからボールペンが落ち、硬い床に転がったのだった。


 ひっ。


 拓は、素早くボールペンを拾うと個室に飛び込んだ。ドアを静かに閉める理性は残っていた。

 胸の鼓動が速くなっている。しかしこれで、誰かに話しかけられて存在がばれる心配もない。


 ずいぶん長くそこにいた。

 いったい、誰と話してたんだ? リッピアは……。少なくとも、彼女が敬語で話すような相手で、何かを「一人で」「必ずやる」と明言しなきゃいけないような相手。

 かつ、勝手に通話を切られて落ち込むような相手。

 先輩、あるいは上司だろうか。リッピアは仕事の遂行を上司に危ぶまれているのかもしれない。


 再び窓から下を眺めたときには、リッピアはいなくなっていた。

 拓は、ふうっと息を深く吐き出した。


 そして思った。


 あのキスは、やはり心からのものではなかったのだな、と。


 抱きついてきたのも、甘えてきたのも皆、演技か。

 花の精も、嘘をつくんだな……。

 ははっ、と力ない笑いが込み上げてきた。

 背中の辺りが急にすうすうして、拓はぶるっと体を震わせた。

 


 翌日から、拓たちは、再び花の苗を買ってきて花壇に植えた。

 といっても部費の制約があり、どうしても、前よりチューリップの数を少なくせざるを得ない。


 そのままだとスカスカなので、空いた所はパンジーやビオラ、キンギョソウなどで埋めることにしたのだった。

 ビオラはパンジーに似た形で小ぶりな花が咲くもの、キンギョソウは、茎から金魚が、縦方向にわらわら湧き出ているような花が咲くものだ。


「やっぱりちょっとさみしいかなあ。だいぶ回復したとは思うけど」

 花壇の外で茜が、額の汗をぬぐいつつ首をかしげた。

 隣りにいた拓も同じ気持ちだった。


 荒らされる前に比べれば、断然いい。チューリップも、パンジー・ビオラも、キンギョソウも皆きれいに咲いている。赤、ピンク、オレンジ、水色、黄色、白、と(いろど)りも豊かだ。

 ただ、チューリップはほかの花に比べ背が高い分、どうしても本数の少なさが目立つ。


「部費というパイは限られてるんだ。仕方ない」

 拓がそう言ったとき、背後でザザザッと音がした。

 黒スーツに白ワイシャツ姿の若い男たちと、黒いメイド服に白いフリルつきエプロンを身につけた若い女たちが、チューリップのポット入り苗がたくさん入ったケースを複数運び込んでいる。


「なんだ!? あんたたちは」

「ご心配なく。わたしの家の使用人です」

 彼らの横を、ジャージ姿の高華たかかがゆっくりと進んでくる。


「所用があるので。しばらくしたら戻ってきます」

 と、彼女は少し前に作業から離脱していた。

「置くときは静かに! いいですね。それが終わったら下がりなさい」

 高華の声が響くと、彼らはケースをそっと、拓たちのそばに下ろした。そして並んで高華に会釈すると、静かに帰っていったのだった。


「うわ、すっげーな。どしたのこれ」

 恭平と無言の薫も、作業の手を止め、咲き誇る圧倒的な数のチューリップの苗に見入っている。


「たまったまっ、イベント用に用意したチューリップが、たまったまっ、イベントが中止になったことで本来の用途を失ったのです」

 高華は「たまったまっ」を強調し、胸を反らした。


「わたしの家の庭に植えてもよかったのです。でも、ふと、踏み荒らされて貧相ひんそうになったこちらの花壇のことを思い出しまして。ならばここに植えてやってもいいかと」


「なぁにもったいつけてんの! 踏んではないかしんねーけどさぁ、あんただってチューリップをばしばし切ったんだぜ? 何これ罪滅つみほろぼしぃ?」

 恭平は腰に手を当て、冷ややかな目とにやけた口を高華に向けた。


「まさか! べ、別に、ここに植えるために買ったわけではないんですからね!」

 かぁぁっ、という音が聞こえそうなくらい高華は頬を赤くした。


「本当にたまったまっ、以前からイベント用に準備していて、偶然、学校の花壇に回せるようになっただけです!」

「ふぅーーーん。ほぉーーーん」

 恭平がなおも顔を覗き込むと、高華は拳を握りしめて横を向いた。ラズベリーの実並みに顔が真っ赤になっている。


「これを植えなさ……」

 拓に言いかけて茜と目が合った高華は、

「う、植えればいいです」

 と言い直した。 


「ありがとう、菖蒲院しょうぶいんさん。助かるよ! ねえ拓?」

 顔を輝かせた茜とは対照的に、拓は渋い顔をした。

「受け取るわけにはいかない」

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。


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