03 二度目の春が来て 3
何日か経った放課後、拓と茜は園芸部の部室前の廊下に立っていた。
今日は、「緑高校新入生のための部活オリエンテーション、」通称「ぶかオリ」の日だ。
近くにある文芸部や美術部、演劇部の部室の前にも、それぞれの部員が出ていた。
「小説は好きですか? ちょっと文芸部、覗いていきませんか?」
「美術部でーす! 三分で似顔絵描くよ!」
「きみ、演劇に興味ある?」
上級生たちは、目の前を歩いていく新入生たちに元気よく話しかける。そして各部のチラシを配る。
一方、新入生たちは目を輝かせ、あるいは少し不安げな表情で上級生の話を聞き、さまざまな部室を覗きながら、廊下を進んでいく。
たくさんのチラシを渡され、困ったような笑みを浮かべている生徒もいる。
「園芸部、花壇に花を植えてるほか、中でも展示やってますんで、お立ち寄りくださーい!」
茜も明るい声でピンクや黄色のチラシを彼らに配っていた。
「ほら、拓も声出して! 笑顔笑顔!」
そう言われても、拓は茜のようになめらかに呼び込みなどできないのだった。
第一、笑顔が無理だ。
笑おうと思っても、唇の端が硬直し、上がらない。
その上に勧誘の言葉を吐くなど、いったい何の拷問なのだ。
「ほら」
そう言ったつもりでも、目つきの悪い拓の小さな声は、新入生には「オラ!」と凄んでいるようにしか聞こえないらしい。
チラシを差し出された新入生たちは、怯えた顔でそれを受け取ると、ピューッと去ってしまった。
……くそっ、やりにくいったらありゃしねえ。
拓は、その場から逃げ出したい気持ちを必死に押さえて立っていた。目が合った新入生がことごとく逃げていくので、視線もおのずと彼らから逸らしてしまう。
「あーあー、そんなに握りしめちゃ、せっかくのチラシが皺くちゃになっちゃうぜ」
突然、聞き覚えのある声がした。高めで平たく、ビブラートがかかった、どこか飄々(ひょうひょう)とした声。
「お、お前!」
顔を上げた拓の前に、赤くてツンツンした髪を持つ少年、長庭 恭平が立っていた。
背は拓より少し低く、上がり眉の下の目は、切れ長だ。
前の年の秋に部の仕事で彼の家を訪れたときよりも、彼はいっそう痩せ、ベース型に近い顔の顎がますます尖っていた。
そのときに互いに目から火花を散らし合ったこと、一緒にローズマリーの世話をしたことなどが、ローズマリーの精のローザやコスモスの精エスペランサの姿とともに思い出された。
「どしたのぉ? 幽霊見たみたいな顔しちゃってさぁ」
「いや、だっておま……長庭は、別の学校に行ってただろ? でもうちの制服を着てる。……なぜだ?」
「生徒だからさ!」
恭平は、ポケットから生徒手帳を取り出した。そしてそれを、印籠のように拓の鼻先に突きつけたのだった。
「転校してきたんだよーん、四月から」
そこへ、新入生を部室や花壇に案内していた茜が、彼らと別れて戻ってきた。
「長庭君!」
茜は、向こうから、廊下を速足で進んできた。
「おー、茜ちゃん! 会いたかったぜぇ」
恭平は両手を広げて――万全の体勢で茜に駆け寄り、茜をハグしようとした。
が、茜は途中でトトトッと横に行き、すっとしゃがみ込んだ。
「もう、こんな所にもチラシ落ちてるよ。捨てるならせめてごみ箱に捨ててほしいなーまったく」
宙を抱いた恭平はバランスを崩し、つんのめった。そして地響きを立てて転んだ。
同時に彼のものではない小さな悲鳴が上がったのだった。
いらしてくださり、ありがとうございます。
小さな悲鳴は、誰のものなのか?
なお、恭平と拓たちとの出会いについては、『ある高校生華眼師の超凡な日常』34話からの「秋 コスモス・ローズマリー」に書かれています。