表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/75

26 二度目の春が来て 26 願望だよぉ   

 唇を重ねた感覚はない。だが拓はリッピアとキスしてしまったらしい。

 体と心は別物だと言う拓に、リッピアは、《そういうの、男だけだと思う? 人間だけだと思う?》と問いかけるのだった。


 リッピアの目は、とろみと強い光とを合わせ持って拓の目を射抜く。

 彼女の唇にも、同じ力が宿っているようだ。


 拓は動くことができなくなった。街灯の明かりに吸い寄せられて死んでいくガは、こんな感じなのだろうかと思った。 


 ――し、知らねえよ。

 それだけ言うのが精一杯だった。

 ――フフ、こっどもだねぇー。

 リッピアはゆっくりと顎を反らし、左から、右から、拓の顔を眺めるのだった。

 それから、しゃがんだままワンピースの裾を直した。丈が短い服なので、太腿ふとももいやでも拓の目に入る。


 不意に茜のことが頭に浮かんだ。

 あいつも、心と体は別物なんだろうか。

 拓は首を回した。身をかがめて足跡を探している、茶髪のポニーテールが見えた。


 ――あの茜って子や菖蒲院高華しょうぶいんたかかだって、あたしがしたみたいなこと、いろんな男としてるかもよぉ。

 拓の心を見透かすように、リッピアは自分の唇を指でなぞる。

 ふっくらした下唇のエロさと、少女が学校であったことを食卓で親に話すみたいな、明るくのんびりした声とが対照的だ。


 ――いや! 菖蒲院はともかく、茜は、そんなやつじゃねえ!

 ――なんで?

 ――よく知ってるからだ! 子供の頃から。


 ――二十四時間見てるわけじゃないでしょ? それは拓の願望だよぉ。なぁに? 自分は心と体は別物、なぁんて言っておいて、彼女には聖母マリアみたいな純潔を求めるわけぇ?


 膝上で交差させた腕に顔をうずめ、リッピアは上目づかいで拓を見る。


 ――違う!

 心内語ながら拓は怒気を込める。

 ジリ、と土や砂を踏みしめる音がし、 拓は、ようやく手や足が再び自分のものになった気がした。


 ただ、リッピアの言葉を否定する理由については、うまく説明できない。水やりをしすぎた土に生える白いカビのように、もやもやとしてしまう。自分が茜のことを本当によく知っているのかどうかも、自信がなくなってきた。


 ――自分にれてるから大丈夫ぅ、なぁんて安心してると、痛い目見るよぉ?

 舌っ足らずな甘い声で、リッピアは追い打ちをかけてくるのだった。


 ――惚れてる? ……茜が? 

 ぼそっと言った拓の動作が止まった。

 リッピアは、

 ――えぇー? そこからなのぉ? 拓って鈍いの? 馬鹿なのぉ?

 と甘く花の蜜みたいに粘り気がある声を出しながら、物珍しげに拓の周りを回った。 


「こっちの方は、足跡は残ってない。そっちはどうだ?」

 拓はリッピアを無視して大きな声を出した。ふだんどおりに、と思ったけれど、自分でも動揺は隠せないと悟った。


「同じ。見つからないよ足跡」

 茜のさっぱりと明るい声が聞こえてきたとき、拓はすぐに返事ができなかった。

 拓は、茜の顔をまともに見ることができなかった。そのくせ視線が合ったわずかな時間に、彼女の唇を何度も盗み見ずにはいられなかった。リッピアよりはピンク色が少し薄く、上下に厚みの差があまりない。口角はたいてい上がっている。


「しっかし、また花を植えてもさぁ、万一まぁた荒らされたら、ほんとたまんねえな」

 恭平が、組んだ腕に後頭部を乗せ、顔をしかめた。拓、茜、薫とともに並んで廊下を歩いているときのことだ。


「不吉なこと言うの、禁止」

 薫が彼をジト目で睨む。

「いや、可能性としてはあるっしょ。そこ目ぇつぶっちゃだめだろうよ」

「可能性としては、ね。でも想像したくはないよ」

 茜が困ったような顔で二人に微笑みかけている間も、拓は押し黙っていた。



 とそこへ、向こうから青く長い髪の、背が高い少女が歩いてきた。背筋を伸ばし、拓たちの姿を視界にとらえたであろう後も、無表情である。

「しょ~お~ぶ~~い~~ぃ~~~んっ! あんたなぁあんたなぁあんたなぁっ!!」

 恭平が、彼女を指差しながら大股で進んでいく。声には激しい抑揚がついている。


「何ですか? 下手くそな能ですか? 現代の日本語で話してください」

 切れ上がった(まなじり)プラス冷ややかな視線の相乗効果で、本当に空気の温度が下がったようだ。そう拓は感じた。 


「くぅぅう、ムカつく!」

 恭平は、拳を握りしめ頭を左右に振った。そして続けた。

「なんの恨みがあってあんなことすんだよ! とぼけるな。花壇だよ花壇。滅茶苦茶にしやがって!」

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ