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25 二度目の春が来て 25 そういうの、男だけだと思う? 

 冷静さを保っていた薫は、

「あのぅ薫ちゃん……、わたしたちのこと買ってくれてありがとね。でも、確かに部活で仕事はしてるけど、そんなにひとさまの仕事を奪うってほどはやってないような」

 茜が、やはり地面を確認しつつもじもじしているのを見ると、急に顔を赤らめた。


「り、量の問題ではない。質すなわちクオリティに量を掛けたものの総合判断。たった一つの仕事でも、はかりしれない効果を人に及ぼすようなクオリティのものも、ある。……実際。……話を戻す。長庭氏、あなたはなんで転校してきたの?」


「さぁ、なんでだろーな」

 恭平は斜め下に視線を落とした。唇の端は上がっているけれど、表情にかげりが見える。作業の手は止めぬままだ。

 彼はその後すぐ、また飄々(ひょうひょう)とした笑いを浮かべた。


「当てたら缶ジュースおごってやるよ、迷探偵。『めい』はもちろん、『迷う』の方な!」

「言えないんじゃん」

「薫ちゃん、あんまり追及しないの」


 茜の言葉でようやく薫は口をつぐんだ。彼女はしばらく口を尖らせ、むすっとしながら作業を続けたのだった。

 

 茜たちがそんな状況だった頃。

 彼らから離れた所で拓は、花壇の外から、中から、注意深く地面やチューリップの葉陰を眺めていた。

 こちらの方が踏み倒された花や葉、茎がより残っている分、犬の足跡が残っている可能性が大きかった。だが、それらしきものは見つからない。


 ――こんなまどろっこしいことしないで、さっさと菖蒲院高華しょうぶいんたかかを問い詰めればいいのにぃ」

 正面にリッピアがしゃがみ込んでいた。膝の辺りに肘をつき、両手の指を軽く曲げた手のひらに顎を乗せている。

 ――ま、午前中は休みかぁ。 

 彼女は小さくあくびをした。


 花や葉が平面的に散在している中でリッピアは、大輪のチューリップのように拓には見えた。

 白い縁取りがある赤い花と、ウェイビーで長く尖った葉とを髣髴ほうふつとさせるショート丈ワンピースのせいもあるかもしれない。 

 彼女が抱きついてきたときのことを思い出し、拓ははっと目をらした。心臓の鼓動が急に速くなる。


 足跡、足跡、足跡、足跡、足跡。

 胸のうちで呟きながら土や小石を見つめていると、

 ――あたしのこと、まだ信じられない?

 リッピアがぐっと体を近づけてきた。


 ――そんなことはない。

 ――嘘つきだなぁ、拓は。

 高めで甘ったるい声で、リッピアは耳元でささやく。

 子供っぽい声、あどけない顔だちなのに、半裸眼に近い目はドキッとするほど大人びていた。

 目の端がほんのりピンクに色づいて、あでやかな陰影になっている。


 当たっている感触はない。けれども、リッピアのふくらんだ胸が自分の腕に押しつけられているのがはっきりと見える。

 ワンピースの衣擦きぬずれの音が微かに聞こえる。

 ――でもそういうところ、嫌いじゃない。


 次の瞬間。

 ――!?

 リッピアの鼻や目が間近にある。

 何が起こったのかすぐにはわからなかった。下半身の反応の方が早く、拓はとっさに前かがみになった。


 リッピアの唇は見えなかった。ということは。

 キ、キスをしたのか!? 俺は。リッピアと!


 ――どういうつもりだ。

 手の甲を口の近くまで持っていき、拓はそれをまた下ろした。 

 ――キスしたかっただけだよぉ。

 リッピアはけろっとしている。

 拓はまた視線を落とした。


 ――いいじゃない。拓は何も感じなかったでしょ? あたしの唇がどんなだったか。

 ――こ、こういうのは、好きな男とすべきじゃないのか。

 拓は憮然ぶぜんとして言った。

 言葉を吐き終えて再び、リッピアの顔を見る。


 ――好きだけど? 拓のこと。

 瞬き一つせず、リッピアは拓を見つめている。

 彼女の目があまり動かない分、いやでも唇の動きに視線がいく。

 突き出され、かすかに開き、横に引っ張られる。大きく開いて白い歯を覗かせ、端が上がってきゅっと閉じられ、またさざ波のように揺らぎを見せる。


 冬から春に季節が変わったことを体現するような、血色のいいピンク色の唇。

 下唇が特にふっくらとし、独立した生き物のようにうごめく唇。

 それがついさっきまで、自分の、イカの塩辛に似た色のときどきガッサガサになる唇に重ねられていたのだ。

 どのくらいやわらかいのだろう。舌も入ってきていたのか。


 ――いや、そうじゃなくて、あとは若い花同士で、って感じでチューリップの精同士でとか……。

 拓は、自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。


 ――んなの、誰が決めたの? 拓だって、花にしか興味がない頃から、パソコンでエロ画像やエロ動画を見まくってたじゃない。


 こいつもやっぱり知ってたのか! と拓は思った。「花の精には人間の過去が見える」と頭ではわかっていても、実際に言葉として突きつけられると、つらい。


 ――そりゃ、心と体は別物だからだ。ほかのやつは知らないが、……俺は。野郎はそうだって、何かで読んだような。


 ――そういうの、男だけだと思う? 人間だけだと思う?

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。


なお、本日7月9日2話更新のため、来週7月16日は更新を休む予定です。

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