24 二度目の春が来て 24 もしかして、あなたが犯人?
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部室のある旧校舎前まで来た二人は、ともに短い叫び声を上げた。
「おー! 茜ちゃん! 拓!」
満面の笑みを浮かべて、恭平が花壇の真ん中で立ち上がった。上下とも緑のジャージ姿だ。
少し離れた所で薫も、青いジャージ姿で、しゃがんだままこちらを見る。
恭平の手には、折られたチューリップや散らばった花、葉などが握られていた。
近くにに置かれたごみ袋にも、それらが入っている。
「どうせまた、新しいの植えるんだろ? 早く帰れるようにさぁ、ちょっと片付けといたぜ。な、俺って頼もしいだろぉ?」
彼はドヤ顔で胸を張った。
確かに、朝に比べ花壇はきれいになっている。
拓と茜が花壇に駆け寄ったときには、恭平の運動靴のものとおぼしき足跡がたくさんついていた。
が、犬の足跡らしきものは見当たらない。
「お前……犬の足跡を見なかったか?」
「どしたんだよ。蒼い顔して。足跡ぉ? ぱっと見、ねーけど……」
朝、見ておくんだった、と拓は思った。
リッピアが犬の仕業だと指摘したときに、足跡があるかをすぐに確認すべきだったのだ。
なぜそんなことを訊くのか、と恭平は訝しげな顔で拓を見た。
うっ、と拓は唾を飲み込んだ。
チューリップの精が、というわけにもいかない。どう説明すればいいのだ。
「今朝ここの写真を撮ったときに、犬の足跡っぽいものがあったのよね。だから、ひょっとしたら犬がやったのかもって」
拓はまた、茜の機転に救われたのだった。嘘は言っていないが、演劇部でも充分やっていけそうな演技力だ。
拓は、『すまん』と素早く茜に目配せした。
黙って口角を上げた茜は、『気にしないで』と言っているように思えた。――思い込みかもしれないが。
「犬って野良犬? ここだけ集中的に踏み荒らすとか、あるかぁ? 食い物植えてるわけじゃねーし」
恭平は腰を曲げ花壇の土を見回した。それから、しゃがみ込んで残っているチューリップの葉をひょいとめくったり、四つん這いになって顔を曲げ、視線を思い切り土に近づけたりした。
「わかった。お前ら、この辺りを頼む。俺はあっちを見てくる」
拓は花壇の、恭平たちがいる場所から離れた所へと走っていった。
「野良犬……かもしれないし、飼い犬……かも」
自分も足跡探しに加わった茜がだいぶ遅れて恭平に答えると、恭平はがばっと顔を上げた。
「飼い犬ぅ? あンのタカビーサイコ女、罪のない犬にそんなことまでさせたのかよ!」
拳をぶるんぶるん震わせると、彼は急にスピードを上げて葉や茎の陰を見始めた。
「落ち着いて! 長庭君。別に菖蒲院さんの犬だなんて言ってないよ!」
茜が彼の正面に回り込んで、手のひらを高速ワイパーのように振る。
「足元が、おろそか」
いつのまにか二人のそばに薫が来ていた。
「う」
「ごめん」
茜も恭平も、はっとしたように目線を下にやる。
「やっぱり、片付けない方がよかったんじゃん」
同じように葉や茎を掻き分けながら、彼女はジト目で恭平を睨む。
頬を膨らませた薫は、
「もしかして、あなたが犯人?」
と言うとさっと茜の後ろに隠れた。
「人聞きの悪いこと言うなよぉ! 俺が犯人ならお前も共犯だろ? 一緒に片付けたんだしさぁ」
「協力するふりをして、証拠の足跡を隠滅する。大いに、ありうる話」
薫は、冷ややかなまなざしをどこまでも崩さない。二人の睨み合いが続く中、「まあまあ」と茜が割って入った。
「二時間ドラマならあるかもしれないけど、わたしは、長庭君じゃないと思うなあ。転校してきたばかりなのにそんなことをする理由が思いつかないっていうか」
「そーだよそー! やっぱり茜ちゃんは俺のことわかってくれてるわぁ」
恭平は、握りしめていたチューリップの折れた葉や茎をいとおしそうに撫でつつ、何度も大きく頷いた。
「前々からこの学校に恨みを持っていたとか。悪の組織の命令により、園芸部を内側から解体しようと転校してきたとか」
薫は冷静に言葉を継ぐと、また茜の後ろに引っ込んだ。
「妄想力たくましすぎだろ!」
恭平は、今度は葉や茎を、棒で犬でも追い払うように薫の鼻先で振ってみせた。
「い、いろんな可能性を考えられる、っていうのも重要だと思うのよ。科学とかそういうので発展してきたんだろうし」
茜は二人の顔を交互に見た。
「でも『悪の組織』って。どんだけ中二病なんだよ! 仮に現実にそんな悪の組織があったとしてさぁ、何が目的だ? 目的がわかんねーわ!」
恭平は地面に視線を走らせながら、大きな声を出した。
少しずつ移動しながらやはり左右前後の地面を見ていた薫は、眉をしかめた。ひゅうっと息を吸い込むと、彼女は下を向いたまま話し始めた。
「園芸部の活動により仕事のパイを奪われた者たちがいた……。近隣の花屋、便利屋、NPOなど。彼らは手を取り合い、徒党を組んで、園芸部を殲滅しようと立ち上がった。『仕事を再び我らの手に!』が合言葉」
「あ、そのへんまでは設定考えてるんだ」
恭平は顎に手をやり、何度も頭を上下させて薫を眺めた。それから、
「なんか一気にスケール小さくなったけど」
と付け加えた。
「設定じゃない。あなたは目に見えぬことを軽んじすぎている」
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