表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/75

23 二度目の春が来て 23 本人にその気がなくても、やってしまうってことも 

拓と茜は、今夜、園芸部員たちで部室に泊まって犯人を捕まえたいと顧問教師の大河原クリスタルに申し出た。だが、犯人がまた来るとしたら再び花がきれいに咲いたときだろう、と断られる。

「だがちょっとクールダウンして、どういうスケジュールでやるかみんなで決めてくれ。そしたらわたしも動く」


 拓は、彼女を見つめ返した。

 クリスタルのエメラルドグリーンの目には、チューリップみたいに芯の強さを感じさせる光が宿っていた。


 会釈して職員室を去る拓たちの背中に、クリスタルは呼びかけた。

「ちゃんと昼飯食えよー」

 彼女は、いつもの快活プラスややぶっきらぼうな口調に戻っていた。


菖蒲院しょうぶいんさんのことは、ずっと言わないつもり?」

 並んで廊下を歩きながら、茜が拓に話しかける。

 職員室を出たあと拓は茜と購買部に寄り、目玉レタスバーガーやハムカツパンを買ったのだった。


「少なくとも、まだ今は話す必要ねーだろ」

「そう。……でも、今朝みたいに一面ぐちゃぐちゃにしたわけじゃないけど、あの人も、花壇のチューリップを勝手に切ってはいるんだよ? 昨日。大河原先生には、事実として報告してもよかったかも」


 語尾に「かも」とつけているが、明らかに自分をとがめる響きがある。そう拓には感じられた。


「いや。よけい話がややこしくなるかもしれん」

「かなあ。ま、先生に言わないにしても、本人からは話を聞かないとね。今日の午前中は家の用事でお休みらしいけど」

「お前、菖蒲院のクラスに行ったのか」

 うん、と事も無げに茜は返事をした。


「ところでさ、チューリップの精の人はなんて言ってるの? たぶん、知ってるんでしょ? 犯人」

 茜は辺りを見回し、声をひそめた。

 拓は、彼女の目を長く見つめることができなかった。


 曇りのない目の曇りのなさこそが、ぐりぐりと自分のみぞおちをえぐる気がした。全国ドリル選手権があれば、きっと優勝できる目だ。


「菖蒲院が犬にやらせた、って」

 犬!? と叫んだ茜は、すぐに両手で自分の口をふさいだ。

「どうやって?」

「リードを離して誘導しながら、大型犬を駆け回らせた、って」


「で、拓はどう思うの?」

 茜は、腰に手を当てて拓の顔を覗き込んだ。パンの袋がガサッと大きな音を立てる。


「菖蒲院が、花壇全体をめちゃめちゃにするとは思えない。だが、リッピアが――チューリップの精が嘘をつくとも……」

 ――でも、実際、見たんだもの。

 そう口を尖らせたときのリッピアの真剣な目が、拓の脳裏によみがえった。

 彼女が抱きついてきて自分を見上げたときの、とろっとしたものをたたえながら揺れる目の光や、小さく開かれた唇、柔らかそうな髪も。


「ふぅん」

 茜が頭を傾けて拓を見上げていた。

「チューリップの精の人が言ってることは確かなの?」

「ち、近えよ」

 拓は反射的に彼女から顔を離し、続けた。

「本当だと思う。嘘をつく意味がねえし。話してるときも、すげえつらそうだった」


「つらそう、ねえ」

 茜は低い声で呟くと、ハムカツパンが入った袋をぐるんぐるん振り回した。ポニーテールもそれに合わせて揺れる。


「犬の足跡なんかあったかしら。ま、そういうことなら、とりあえずは花壇に残ってるものを写真に撮ってサイズを測ろうよ。で、菖蒲院さんがもし犬を飼ってるなら、その犬の足跡と花壇のやつとが一致するか調べる感じ?」


「けど犬の足跡なんて、種類が同じならみんな似たりよったりじゃねえか?」


「なんか、菖蒲院さんの肩持ってる?」

 茜はパンの袋を振り回すのをやめた。そしてほつれた毛を手早く耳の後ろにやると、パンの袋をスカートの前で両手で提げた。


「そういうわけじゃねーよ」

「拓と同じく、花のことで普通の人に見えないものが見えるから、シンパシーを感じるとか?」

「違う! 人の手で創る美を体現する、っつうあいつの主張に合わねー気がするだけだ」


「本人にその気がなくても、やってしまうってこともあるでしょ? 吹子すいこさんのときのこと、忘れたの?」

 茜は立ち止まり、拓を見上げた。廊下の窓から射し込んでくる光のせいで顔が輝いている。茶色い虹彩も、金色がかった蜂蜜色になっている。


「そりゃそうだが」

 と言ったきり拓は言葉に詰まった。

 吹子は、学校からさほど遠くはない所で錦城薬局きんじょうやっきょくを営んでいる女性だ。

 前の年の十二月、拓たちは彼女から依頼を受け、毎日のように錦城薬局に通った。


 依頼は、薬局の庭を「雪が積もったようにしてほしい」ということ。

 それにこたえるべく、拓と茜は汗を流し、不可解な出来事に遭遇そうぐうしたのだった。


 あのときのことも、根本的な原因はわかってねーんだよな、と拓は思った。


「犬に何かりついてるってこともありうるわけだし」

 再び歩き出した茜は、自分の影が光の方にぐい、と伸びて曲がったことには気づいていなかった。

 拓も同じだった。

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。


なお、吹子すいこの話は、オークラ出版NMG文庫『ある高校生華眼師の超凡な日常』の「冬 冬虫夏草」に載っています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ