22 二度目の春が来て 22 そいつがまた来るとしたら
――あの人から見れば、充分、楽しそうなんだよぉ。
乾いた笑いで、リッピアの声が震える。
――殺人的なスケジュールに追われず、人目に晒されず、周囲からのプレッシャーも受けない。新しいものを生み出す努力も要らない。好きなことを気心が知れた仲間でやってる。ぜぇんぶ、彼女にはないものだよね。
高めな声に、途中から湿った響きが交じった。声自体が、湿り気で重く沈み込んでいく。
「いっけねえ。一限、体育だったわ。着替えっから、また放課後な」
恭平は去っていった。その頃には、花壇に集まっていた生徒たちもほとんどいなくなっていた。
薫は、人形のようにじっとしている。しゃがんだ腿の上で交差させた腕の上に、顎を食いこませ、うつむいている。
「……もう一回、植えるの?」
おびえたような目で、薫は拓を見上げた。
「ああ」
「でも、またやられるかも」
「二度もやられてたまるか! その前に、犯人を見つけてつかまえる」
「どうやって?」
訝しげに薫は首をかしげる。
「よ、夜中に見張るとかだな……」
「みんなで泊まるの? じゃ、早めに大河原先生に言って許可をもらわないとね」
茜も、スカートの裾を手で押さえながらそばに来た。
「……監視カメラの映像は?」
薫が、校舎の方を見ながら目を細めた。
「「あ」」
拓と茜は同時に声を上げた。
「忘れてたわ。薫ちゃん、ナイスアイデア!」
茜は薫をハグし、彼女の体をぎゅうぎゅう揺らした。
薫は、別に……と少し顔を赤らめ、されるがままになっている。
「ここまで写るか? 角度的にもずれてる気がする」
拓は腕組みをし、首をひねった。
「でも、とにかく見せてもらおうよ」
茜の目に、キリッとした光が戻った。
「今夜!?」
鶏肉唐揚げを箸でつまんだまま、顧問教師の大河原クリスタルは固まった。
ピリッとした中に微かな甘みを含んだスパイシーな香りが、辺りに漂う。
ガサガシュペガッ。
近い席で新聞を読んでいた初老の男性教師が、急に大きな音を立ててページをめくった。
「監視カメラの映像の件は、担当の先生に頼んでみる。だが、今夜みんなでここに泊まって犯人を待ち伏せるのは、正直、難しいな」
全体としてくすんだ色彩の職員室の中で、彼女のオレンジを基調とした黒ライン入りのジャージ姿は、目立っている。
「あなたがただけで泊まらせるわけにもいかんし。それになあ」
クリスタルは席に座ったまま拓たちを見渡し、腕組みをした。
「だいたい、荒らし終えた現場に犯人が興味を持つかね?」
腕をほどくと、クリスタルは弁当のふりかけご飯をかき込み始めた。
彼女の体が大きく動くと、古びた回転椅子がギュィィィー、と軋む。
今は昼休みだ。
拓と茜はクリスタルに、花壇が荒らされたことを報告した。そして今夜、園芸部員たちで部室に宿泊しながら花壇を見張り、犯人を捕まえたいと申し出たのだった。
拓の隣りに立っている茜の腹がキュゥゥゥゥ、と鳴る。茜はたちまち顔を赤らめ、腹を押さえた。
クリスタルにも、その音はおそらく聞こえていただろう。
けれど彼女は、何も耳にしていないかのように続けた。
「はやる気持ちはわからなくはない。けど、そいつがまた来るとしたら、また花がきれいに咲いたときじゃないか?」
ハンカチで口を拭いながらクリスタルは、拓を見上げる。
「……確かに」
拓は、斜め下を見た。そして口を歪め、拳を握りしめた。
人がいなかったら、自分で自分を殴っていたかもしれない。
――思っていたよりもずっと、俺は動揺していた。誰よりも冷静さを保たなきゃいけねえときに、このザマだ。
眉から鉛の庇でも出ているように視線が上げられない。
「こんなことになって、ショックだとは思う。また花を植えるというのも、気が進まないかもしれない」
ふだんのクリスタルとは打って変わって静かな、噛みしめるような口調だ。
言葉が、ひたひたと拓の胸に入り込んでくる。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。
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