21 二度目の春が来て 21 壁ドンでも、顎クイでもなく
拓は、吸い寄せられるようにリッピアの肩に手を置いた。
その瞬間、彼女は正面から拓に抱きついてきた。
――!
物理的影響力はないので、実際に抱きつかれている感じはしない。
けれども、光が不定形に揺れる目も、小さく開かれた唇も、すぐそこにあった。胸も腕も、拓の体にぴたりとくっついている。
拓は唾を飲み込んだ。
手をリッピアの肩から頭へと、そっとずらす。手が震える。
彼女は何も言わず、目を伏せ、再びゆっくりと視線を上げた。
柔らかそうな茶髪も、つむじも手のひらの下にある。触れているという感覚はやはりない。温もりもない。
だが、手をどかすという選択肢はなかった。
少し経つと拓は、彼女の頭をポンポン、と軽く叩きたくなった。
けれども、結局そうはせず、じっと手を置いていた。そして折られたチューリップの花の状態をもう一方の手で確認する「ふりをしつつ」、息を殺していたのだった。
リッピアはあいかわらず見た目、腕をぎゅっと自分の体に回し、真剣な面持ちで自分を見上げている。
目の光に、葛湯みたいにとろっとしたものが加わっている。
拓はまた、唾を飲み込んだ。
――早くなんとかする。だから、離れてくれ。……物理的影響力の行使に当たらない、つまりその、お前が体力を消耗しないやり方で。
リッピアの顔を見ていると、拓は途中で言葉につかえた。
これは、父あるいは兄のような気持ちなのだ、と思おうとした。
するとみぞおちに鋭い痛みが走った。
――やだ。
リッピアは、拓に抱きついたまま、首を横に振った。
――こうしてると、ちょっと落ち着く。
――そ、そうなのか?
拓は自分の心臓の鼓動をものすごく大きな音で聞きながら答えた。
こんなことを言われたら、離れろとは言えないではないか。
以前の自分だったら、すげなく追い払ったかもしれない。けれども、今は無理だった。
隣りでは茜が、踏みしだかれたチューリップの数を指差しながら数えている。
「うっわぁー、なんだこれ!!」
ビブラートのかかった高い声に、拓はびくっとなった。
恭平と、その少し後ろに薫がいた。
薫は口を固く結んだまま、茫然としている。
「ひっでぇなあ。おい拓、大丈夫か?」
恭平は花壇に入り込んで腰を曲げると、拓の顔の前でササッと手を振った。
しどろもどろに返事をしたあと、拓は瞬時にリッピアに目配せをし、恭平の足元を指差した。
「チューリップを踏むな」
「お、わりぃわりぃ」
恭平が足場をずらし、拓のそばにしゃがみ込む。
薫も足元を見回し、同じようにする。
「ぜってぇーあいつだよ! 昨日の、タカビーサイコ女!」
恭平は拳を握りしめ、何も植えられていない土にボスッと打ち込んだ。
「いや、まだ、菖蒲院がやったと決まったわけじゃ……」
「昨日の今日だよ? 言ってたことからしてもさぁ、あいつ以外考えられないっしょ!」
恭平は両手の指をめいっぱい広げ、さまざまな角度から拓の顔を覗き込んだ。
「あいつが折るのは、『美を体現していない花』だけのはずだ」
拓は、自分自身に言い聞かせるように言った。
ちらっとリッピアを見る。
彼女は頬をふくらませ、口角を下げて拓を睨んでいた。
「よく知りもしねーやつのこと、よくそんなに簡単に信じられるなあ」
――そんなの、建前だよぉ。あの人は、この花壇も、拓たちが楽しそうにしてるのも、みーんな、気に入らないんだよ。
恭平のあきれたような声に、リッピアの声が重なる。
――楽しそう?
拓は、控えめに片目をしかめ、リッピアを見やった。
――別に、俺たちはやるべき仕事をやってるだけだが。
心内語で話を続ける。
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