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20 二度目の春が来て 20 あたし、見たの 

いらしてくださり、ありがとうございます。

 ――これが拓の、花との向き合い方?

 いつのまにか、リッピアが拓のそばに来ていた。


 ――『俺は俺のやり方で花とも菖蒲院とも向き合う』。昨日そう言ってたよね? 

 静かな声だった。

 けれども、まなざしは、「花冷はなびえ」という言葉を思い出させるほど冷ややかだ。

 あどけないつくりの顔から、ほとんど表情が消えている。


 ――すまない。

 拓は、周りに人がいるのにもかまわず頭を下げた。


 ――謝っても、元に戻らないよぉ。花も、茎も、葉も。

 しゃがみ込んだリッピアは、踏まれてつぶれた花に手を当て、それをゆっくりと撫でた。


 ――チューリップの本体、みんな泣いてるよぉ。

 リッピアはひとり言みたいに言うと、口をつぐんだ。

 拓を見上げるがらんどうのような目から、涙が流れ落ちる。


 拓には返す言葉がない。

 激しく責められた方がまだ気が楽かもしれなかった。

 蹂躙じゅうりんされた花や茎、葉を黙々と撫で、さすっていく彼女を、拓はぼうっと見つめていた。

 それから自分もしゃがむと、リッピアの正面にまわった。


 ――二度とこんなことが起こらないようにする。

 ――本当?


 リッピアの目に、かすかに光が戻った。

 幼い顔とうれいに満ちた大人びた表情とがアンバランスで、拓はドキッとした。


 ――じゃ、あの人を学校から追い出してくれるんだね。

 ――菖蒲院のことか?

 拓は自分でも眉間みけんに皺が寄るのがわかった。

 ――ほかに誰が?

 ――でも、まだあいつがやったと決まったわけじゃない。

 ――はぁ、りないんだね。

 リッピアは、溜息をつきながら肩を上下させた。


 

 ――あたし、見たの。



 彼女は大きな目をいっぱいに開き、拓ににじり寄る。

 拓の心臓がまた、大きく打った。

 近い。近い近い近すぎる。


 睫毛まつげと吸い込まれそうな大きな目、湯上がりかと思う頬、程よくふくらんだ血色がいい唇などが、今にも触れんばかりの所にある。

 そしてショート丈のワンピースの裾から、膝頭とそこからきれいに伸びた脚が覗く。

 奥には白い太腿ふとももと尻の曲線が見え隠れする。


 唾を飲み込んだ拓は、しゃがんだまま後ずさりした。


「拓?」

 被害状況を撮り終えたらしい茜が、いぶかしげな顔でそばに来た。彼女もまたしゃがみ込む。


 ――今、チューリップの精と話してる。

 胸のうちで呟きながら拓が目に力を込めると、茜は、ああ、というふうに小さく頷いた。  


 ――聞いてる?

 リッピアがまた近づいてくる。

 拓はチューリップの状況を確かめるふりをしつつ、手のひらを彼女に向けた。


 ――ストップ! これ以上近づくな。ちゃんと話は聞いてる。続けてくれ。


 ――ゆうべ、あの人が犬を連れてここに来たの。

 犬? と拓は繰り返す。


 ――大きな犬。あの人はとても怖い顔をしてた。で、犬を花壇に入れてリードから手を離すと、『走れ!』って命令したんだよぉ。

 ――まさか。

 ――でも、実際、見たんだもの。

 リッピアは口を尖らせ、両脚の腿をくっつける形でぺたんと地べたに腰を下ろした。

 その目は、真剣そのものだった。


 ――犬は言われたとおり走り回ったよ。花壇を出そうになるとあの人が犬を誘導して、何度も何度も中を往復させたの。あたしは両手を広げて犬の前に立ちふさがった。けど、なんの意味もなかったよぉ。


 実際に両手を左右に広げたあと、リッピアは、両腕を自分の体に巻きつけ、目を伏せた。体も声も震えている。


 ――耐えられなくなって、目をつぶって耳もふさいだよぉ。けど、犬のヘッヘッていう息の音や足音、花や葉が踏まれたり折れたりする音は、ずぅっと聞こえてたんだ。


 彼女は、上目づかいの潤んだ目で、じっと拓を見つめた。

 倒れそうになりながら、かろうじてまだ地面についていないチューリップの花が、拓には、彼女に重なって見えた。

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。


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