02 二度目の春が来て 2
緑高校園芸部の顧問である体育教師、大河原クリスタルは、部長の水原拓と部員の土屋茜に、花壇に食べられる植物はないのかと尋ねる。
「ないのか……。残念だ」
クリスタルは、言葉の内容よりもはるかに叙情的な憂い顔を二人に向けた。
「『食育』という言葉もあるくらいだからな。日頃食べている野菜がどういうふうに成長するのか、みんなで実際に育てて知り、採れたものを感謝の気持ちとともにいただくというのもいいものだと思うんだが」
そこでクリスタルの腹が、キュゥゥゥー、と鳴った。
自分が腹減ってんのかよ!
と思ったが拓は口にはしなかった。
「あー、確かに」
茜が頷いた。
「去年、部活の仕事でご近所にゴーヤーの緑のカーテンを作って、なった実を使ったゴーヤーチャンプルーをご馳走になりました。自分で世話したせいかすごくおいしかったです」
茜は懐かしそうな、ちょっと複雑そうな笑みを浮かべた。
緑高校には、『地域の中で生きる学校』という教育方針がある。
均質的な空間学校のみならず、多様な人々が暮らす広い地域と関わりながら生徒は成長していくべきだ、というものだ。
それにのっとり、園芸部は、学校の近隣地域に住む人々の、植物に関する相談に乗っているのだった。
拓の頭にも、緑のカーテン作成の依頼主であった老人、岩尾 銀次の顔が浮かんだ。
「ゴーヤーチャンプルーか。美味そうだなあ」
クリスタルの目にクリスタルな輝きが満ちた。
「ゴーヤーのほかにも、ジャガイモでじゃがバターとか、サツマイモで石焼き芋とか、コマツナやホウレンソウでベーコンと青菜の炒めもの、なんてのも魅力的だよなぁ」
彼女は頬に両手を当てうっとりと拓を見た。
茜も、「YOU、同意しちゃいなYO!」とでも言いたげな顔で拓を見上げている。
「いや、まあ、やってやれないことはないと思うんですが、大したことはできねーかと。なんせ部員二人なんで」
拓は、淡々と鼻の下を指でこすった。
「なら、部員を増やせばいいじゃないか。そしたら、あなたたちも楽になるだろ!」
さっぱりした表情で、クリスタルは拓と茜を交互に見た。両手は頬から腰にと、当てられる場所が変わっている。
ほかの言葉遣いは悪いのに、クリスタルはけっして「お前」、「お前ら」とは言わない。必ず「あなた」、「あなたたち」と呼びかけるのだった。
「別に今でも、困っていません」
拓は無表情のまま答えた。
「あ……でも、人が増えればきっともっとたくさんの仕事ができますよね」
茜が、困ったような笑顔でクリスタルと拓を交互に見る。
「取りまとめが大変になるだけだ」
「た……水原君だって、力仕事を人に任せて余裕ができれば、いろいろ考えられるでしょ! 季節ごとの花の計画とか」
茜は肘で拓の脇腹をつついた。
「電話番の時間が増えるのが関の山だ」
拓は両手をパンツのポケットに突っこみ、口をへの字に曲げた。
「ゴワッハハハッ! 若いってのはいいもんだなー」
クリスタルは両手をに腰に当て、豪快に笑った。反らされた肉厚な胸板が、青空をあおいでいる。
「ふむ、気持ち的には楽じゃない面もあるだろう。だが水原、渡し舟の船頭だけじゃなく水上バスの船長になってみるのもいいもんだぞ!」
「何言ってるか全然わかんないんすけど」
「仕事が人を作る。それに」
クリスタルは片手の人差し指を立てていたずらっぽい笑みを浮かべた。
「やってみないと見えない景色もあるだろう、ということさ」
「何すかそれ。ぜんぜん興味ないです、俺。暗くなる前に終えたい作業があるんで、もういいでしょうか」
「す、すみません、先生。た……水原君には、あとでわたしが言って聞かせますから」
「何も土屋が謝るこたぁない。水原のお母さんじゃないんだし」
クリスタルは唇の端を上げたまま、ちょっと首をかしげた。
「お、おか……」
と言ったきり拓は顔を赤くして固まっている。
「ま、部として連帯責任を負っているって意味だと受け止めておくよ。ほれ、顔上げろ」
まだ頭を下げている茜の肩を、クリスタルはポンッと軽く叩いた。
茜はこわごわ、といった感じで体を起こした。
「責任感の強い部員がいてよかったな、水原。ただ、今のは土屋に頭を下げさせるところじゃないと思うぞ。何でも彼女に尻拭いさせるな」
眼光に鋭さを含ませて拓を見やると、クリスタルは去っていった。
「尻拭いなんてさせねーって!!」
幅広い背中に向かって拓が叫んだときには、彼女はかなり遠くまで行ってしまっていた。
ったく、丸投げかよ!
拓は胸のうちで呟いたのだった。
タマネギやジャガイモは、「長期保存可能」に甘えているとすぐに芽が出る気が。
旺盛な生命力を見習いたいです。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。




