表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/75

19 二度目の春が来て 19 翌朝   

チューリップの精リッピアは、急に拓の腕にしがみついてきた。

彼女は、「菖蒲院高華しょうぶいんたかかと花壇とを早く切り離せ」と彼に言う。

 花の精は、ものを物理的に――人間にも見えるような形で――動かすと、体力が非常に消耗してしまう。

 そうではなく、人間の目には見えぬ、「ものの本質」にさわっているだけの場合は大丈夫らしい。

 これまでの経験からわかってはいる。だが。


 俺が動いたら、ひょっとしたらリッピアの体力が不可抗力的に奪われるんじゃねーか?

 と思うと、うかつに動くこともできない。


 そして何より、自分でも信じたくないが、こうして腕に巻きつかれているのが不快ではなかったのだった。


 ――実は、あの人みたいにチューリップを切りまくりたいんじゃない?

 リッピアは、潤んだ目に人を試すようないたずらっぽさを浮かべ、唇の片端を上げる。

 ――馬鹿な! 冗談でもそんなこと言うんじゃねえ!

 ――じゃ、行動で示してよ。


 

「何ぼうっと突っ立ってんだよ。これからどうすんの? 拓」

 背後から恭平の声がした。

「長庭君、ああ見えて拓は策をってるのよ。もうちょっとだけ、そっとしたげて」

 茜がさっと拓の助け舟を出した。


 ――離れろ。俺は俺のやり方で花とも菖蒲院とも向き合う。

 心内語で言いながら拓は、リッピアの腕の間から静かに自分の腕を抜いた。 


「切られたチューリップのそばに、それぞれ新しいチューリップを植える。今から苗を買いに行って、今日のうちに作業を終わらせるぞ」 

 ――拓のヘタレ! いくじなし! 甘すぎだよぉ! 

 リッピアの声が、拓の背中に突き刺さる。

 彼女の声こそ、いきどおっていても甘ったるかった。   



 翌朝。

 拓が登校すると、花壇の前に人だかりができていた。

 き分けて前に進んだ拓は、息をんだ。


 前の日に植えたものを含め、すべてのチューリップが無残に折られ、踏みしだかれている。

 花びらはばらばらに散らばり、変色したり破れたりして土にまみれている。

 まっすぐに花茎を伸ばし、かたまってりんと咲いていた姿はどこにもなかった。


うそ、だろ……」


 拓は拳を握りしめた。

 体の震えが止まらない。悪寒に似た感触が、何度も何度も、爪先から頭まで駆け抜ける。


 何人かの生徒が、拓の方をちらちら見ながら小声で話している。拓と目が合うと、彼らはおびえたように視線を逸らし、口をつぐんだ。


 拓は花壇に立ち入った。

 息も絶え絶えという感じで残っているチューリップの葉を踏まぬよう、そっと進む。

 そしてしゃがみ込み、つぶれて土まみれになった花を拾おうとした。


「待って!」

 やはり人混みを()き分けて、茜が拓の横に来た。 

「まずは写真を撮るわ」

「写真? そんなものより花をなんとかするのが先だろ!」

 自分で思ったよりも大きな声が出てしまった拓だった。ジリッと後ずさりするような靴音が、いくつも聞こえた。


「気持ちは、わからなくはないよ?」

 茜は、ひるむ気配もなく拓の目を見据えた。

「でも、これだけ被害があった、って証拠を残しとかないと。大河原先生とか、誰かに報告するにしても、話だけより目に見えるものがあった方がいいし」

「お、おう」


 拓ははっとした。

 茜の目に涙が盛り上がっている。こぼれはしない。蜂蜜色の虹彩の中で、光が細かく揺れる。

 彼女は唇を引き結び、自分の携帯端末を花壇のチューリップに向けた。

 シャッターを切る乾いた音が響く。

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ