18 二度目の春が来て 18 追い出しちゃえ
「帰ります」
皆が茫然とする中、高華は飛ぶように部室を去っていく。
恭平や薫が廊下に出たが、拓は部室の中から「ほっとけ!」と叫んだ。
「しっかしさぁ、あの胸のどこに、はさみを隠すような場所があったんだ?」
戻ってきた恭平は、自分の胸の辺りを左右から押しながら首をひねった。そして隣りの薫の頭から爪先に視線を走らせると、
「ごめん、わかんないよね」
と言った。
薫は恭平の行く手に立ちふさがった。
彼女は「フゥゥゥ―――ッ!」と唸り声を上げた。
そして恭平の股間をじっと見つめ、
「ついてるの?」
と白目を剥いたのだった。
「なっ……よ、嫁入り前の娘がなんつーことを」
顔を赤らめ、恭平は股間を両手で押さえる。
「目には目を、セクハラにはセクハラを」
薫は、無声音に近い声でクールに言い捨てた。
「このハンカチ、気に入ってたのに……」
ハンカチの切れ端をかき集めて溜息をついているのは茜だ。
「去年、吹子さん家から一緒に帰るときに買ったやつだよ? ウルトラマッカバーガーが水漏れで閉まってたから高架下の餃子の騎士道に寄って、そのあと、駅ビルに入ってるお店に付き合ってもらったでしょ」
茜に涙目で見上げられて拓は、「そ、そうだったっけか」としどろもどろになった。
正直、まったく覚えていない。
――ったく、なんで捕まえなかったの? このままじゃ、またいつやられるかわからないじゃない。
リッピアも寄ってきて拓を見上げる。
拓を責める声ながら、どこか頼りなく甘やかだ。そして彼女の潤んだ目と、膨らませた頬にゆるふわボブカットの髪がひとすじかかっているのが、愛らしさのうちにドキッとするようななまめかしさをも醸し出していた。
アンジーはいなくなっていた。
――あんな人、学校から追い出しちゃえ。
――え?
宙に向かって左右の拳を交互に突き出すリッピアを、拓はまじまじと見つめた。
まったく邪気の感じられない目が、まっすぐに自分を見返している。
――早く教師にでも警察にでも相談して、次の被害を防いでよ。チューリップの本体が勝手に切られるの、見てられない。
リッピアは溜息をついた。そして金魚鉢のところまで行くと、活けられたチューリップをそっと撫でた。
――すまない。だが、教師に相談して無理やり花を切るのをやめさせても、あまり意味がない気がしてな。
――どういうこと?
――無理に禁じても、あいつの……菖蒲院の気持ちが変わらない限り、また同じことが繰り返されるだろうから。
――だから、被害が小さいうちにあの人とここの花壇を切り離すんだよぉ。
リッピアは手を後ろで組み、上半身をぐっと拓の方に傾けた。
――拓だって、『本当に、花の美のためにやっていることなのか?』って訊いてたじゃん。彼女が受けてきたプレッシャーとストレス、すごいよ?
見てきたようにリッピアは言う。
実際、花の精には人間の過去が見えるんだった、と今更のように拓は思い出した。
――ねえ、拓は、ほんとに植物の味方なのぉ?
リッピアは急に拓の腕にしがみつき、頬を拓の体につけたまま彼を見上げた。
――な……!? 離れろ! 体力消耗するぞ!
――平気だよぉ。別に物理的に動かそうとしてるわけじゃないから。さわってるの、わからないでしょ?
確かに、さわられている感覚はない。
ただ、小さい子が父親の腕にぶら下がるみたいにリッピアが自分の体にくっついているのを見ると、どうにも平気ではいられない。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。
なお、文中に出てくる「吹子」については、『ある高校生華眼師の超凡な日常』(オークラ出版NMG文庫:http://ncode.syosetu.com/n8551ci/)の「冬 冬虫夏草」をご参照いただければ幸いです。
ご来訪に心から感謝いたします。