16 二度目の春が来て 16 永遠に小さくなり続けるマトリョーシカ、か?
「遠慮なくチューリップ切ってたやつに言われたくねーわ、なぁ。ほんとあんたってさぁ、自分のこと棚に上げるよな」
恭平の言葉に、茜と薫が吹き出した。
「お前も人のこと言えねえがな」
拓が付け加える。
その後、高華自身による絵の解説を聞きながら、園芸部員たちは何度も「ほぉぉ」とか「えっ」といった声を上げたのだった。
「何か厭な感じです」
解説の最後に、高華は腕組みをして皆を見渡した。
「自分にとっては普通だと思っていたことが、ほかの人間にとってはそうではないのだと、改めて思い知らされるみたいで」
拓は、茜がちらっと自分を見たのに気づいた。が、頭は動かさなかった。
「絵が下手ってこと?」
「違います!」
恭平の突っ込みを、高華は目を固くつぶって否定した。
「じゃ、あっちか。でも事実じゃん! それに、あんた自身が言ってたっしょ? 花のあるべき姿が見えるの自分だけみたいなこと」
恭平はきょとんとしている。
茜だけでなく薫の視線も感じつつ、拓は姿勢を変えず高華たちの言葉に耳を傾けた。
「自分で言うのと、人から指摘されるのはまた別です!」
「そういうもんかねえ。あんた、ふだんちやほやされすぎてプライド高くなりすぎてるだけじゃねーの?」
「ちやほやなどされていません。ただ」
高華の目の中に、星のような光が瞬いた。
「周りの人々が口に出している言葉と、本当に思うところとは違うのだろうなと感じることはよくあります。活けた花を褒めたり、わたしの考えや流派としての活動方針に賛同すると言ってくれたりしても、ネットなりリアルなり心の中なり、本音はわたしの知らないところで語られているのだと」
「別にあんたんとこだけじゃないよ」
恭平は大きな音を立てて椅子から立ち上がった。真顔だ。
「あんたと違って仕事の世界は知らねえけどさぁ、どこの学校だって家庭だって似たようなもんよぉ?」
鼻の下をこすりながら続けたときには、彼はにやけ顔に戻っていた。
恭平がどんな思いでその言葉を吐いていたか、拓には知る由もなかったのだった。
「狭い国土で争いを生まずにやっていくにはさぁ、そういうのも大事なんじゃね?」
「いきなり国レベルの話になった」
薫が口を開けたまま恭平を凝視する。
「もちろん、見えない本音を汲み上げるところまで自分の仕事だと思っています。それに、組織のトップやそれに近い者に孤独は付きものと理解してもいます」
高華は唇を引き結ぶと、長い髪を払った。
「なぁーんか肩肘、張りすぎじゃね? もっと肩の力抜いたら、ひょっとしたら『あるべき姿』とやらも変わるかもしれねーよ? いや、まだ俺は信じてねーけどね」
恭平は、手で肩を押さえながら腕を回した。それから、肘から先をぶらぶらさせながら、左右の肩を上下させた。
「あんたが言う、ネットなりリアルなりの《本音》だってさぁ、ひょっとしたら《本音》じゃないかもしれねーよ?」
彼は体を傾け、おどけた顔で高華を指差す。
「で、どこまでが本当の本音かなんて、永遠に小さくなり続けるマトリョーシカみたいなもんで確かめようもないんだからさぁ、あんまり気にしない方が精神衛生上いいと思うぜ。どうしても向き合わなきゃなんなくなったら、その時考えりゃいいことで」
「あなたは何もわかっていません」
星のような光が再び高華の目に宿った。彼女は恭平を見つめると、長い睫毛を伏せたのだった。
「永遠に小さくなり続けるマトリョーシカ」、実際にあったらちょっと見てみたいかも。と思ったら脳内BGMが『カリンカ』に。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。
ご来訪に心から感謝いたします。(2015年5月7日2話投稿のため、5月14日は更新を休む予定です)