15 二度目の春が来て 15 なら描いてよ
いらしてくださり、ありがとうございます。
「あんたさぁ、絵は描けねーの?」
頭の後ろで手を組んだ恭平が、椅子に座ったまま尋ねる。
「描けますけど」
「だったらさぁ、絵で示してよ、あんたに見えてるもの」
「そうまでして、花のあるべき姿をあなた方に知らせる必要はありません」
高華の顔が赤くなった。
「ありゃ、もしかして絵、下手なのぉ?」
「そ、そんなことありません」
「なら描いてよ。見えてるもんを、ちゃちゃっと写生するだけでいいんでさぁ」
恭平は横目で高華を見ながら口角を上げた。
よいではないかと若い娘に迫る時代劇の悪代官にも似た、不敵でいやらしさ満載の笑顔だ。
「ほれ紙とペン」
立ち上がった彼は、テーブルの上にあったコピー用紙と三色ボールペンを高華に差し出した。
「えーと、これさぁ、マッチ棒?」
「失礼な! チューリップです」
「えっ!?」
テーブルに向かう高華をしばらく見守っていた一同は、ユニゾンで驚きの声を上げた。
金釘流、という言葉を遥かに超えたものが目の前にあった。
血のような滴り。
牙を剥く何か。
複雑におどろおどろしく絡み合った無数の稲妻と豪雨ともずくのようなもの。
それらが一斉にマッチ棒の群れに襲いかかっている。
「いやぁ苦手なら苦手って言ってくれればさぁ、先生、無理はさせなかったんよ?」
「お前、見抜いてただろう」
教師風に手を後ろで組み胸を反らす恭平を、拓は睨んだ。
「拓だって止めなかったじゃんよぉ! なんにも言わねーやつは同罪ですぅ」
「俺は、どういう形であれ、菖蒲院が見てるものを皆で共有できればいいと思ったまでだ」
「ごめんなさい菖蒲院さん」
茜が高華に頭を下げた。
「あなたがこんなに禍々(まがまが)しい、ひどいものを見てるなんて、思いもしなかったの」
「……吐きそう」
薫がぼそっと付け加える、
「ほんとこれじゃ、ずっと乗り物酔いしながら悪夢を見てるようなものね」
茜は、薫の言葉に大きく頷いた。
真剣な表情からすると、別にいやみで言っているわけではないようだ。
「間違っていませんが、何か納得できません」
高華は顔を赤らめたまま、口をへの字に曲げた。
「いいか? マッチ棒を脳内でチューリップに変換するんだ。そして血の滴りや牙を剥く何かやおどろおどろしいもずくみたいなものも、同じ要領で、花っぽいものとして見るんだ!」
拓は我ながらいいことを言った気がした。
が、すぐにさまざまな声が上がった。
「無理無理無理無理無理。マッチ棒がチューリップならさぁ、血の滴りは何? イチゴ? リンゴ?」
「長庭君、想像力豊かだねー。わたしマッチ棒のとこで既に挫折した」
「チューリップにするにはマッチ棒に葉を足すんだから、もずくにも葉か花を足して……あれっ、もずくって既に葉っぱ?」
「やっぱり、本人に解説してもらうのがいいんじゃないかしら」
茜が肩をすくめた。
「まったく、あなた方には遠慮というものがないんですね」
高華は顔を真っ赤にしながらこめかみに手を当てた。そして溜息をついたのだった。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。
今日は次話もあります。
(2015年5月7日2話投稿のため、5月14日は更新を休む予定です)




