14 二度目の春が来て 14 さわる
「今もあそこの花壇の花に、それぞれのあるべき姿が重なって見える?」
茜は窓際に高華と並び、下を向いた。
「ええ。それが何か?」
「ちょっと体にさわらせてもらってもいいかしら」
「な、なんでです!?」
高華はピョンと後ろに下がった。
「ごめんごめん。この間ネットに上がってた動画で、……えーと、未来が見えるって言ってる人の体にさわったら、未来なんてふだん見えない人もそれを見られた、っていうのがあったから」
茜は、胸の前で両手の人差し指の先をツンツン合わせた。視線は途中から、斜め上にやったまま。
その場で考えながら言っているのが丸見えだと拓は思った。
「同じふうにしたら、もしかしたら菖蒲院さんに見えてるものが体験できるかも、って思って」
「そんなのやらせですよ。未来なんて見えるわけないじゃないですか」
高華は、南極の氷の方がまだ温かく感じられるほど冷たく言い放った。
「あんたが言うかね!」
恭平は目をしばたたかせた。
「人も動物も植物も皆、現在という時間を生きているのです。未来なんて、荒唐無稽すぎます」
「いや、だからそれあんたが言うかね!」
「目くそ鼻くそを笑うとはまさにこのことだな」
恭平と拓のあきれ顔は、高華の視界には入っていないようだ。
「じゃ、逆に言えば、現在のことなら可能性はゼロじゃないんじゃないかな。花のあるべき姿って、別に未来じゃなくて今の話だよね?」
茜のポジティブシンキングに、拓は感心した。
「まあ、そうですけど」
「少しでも可能性があるなら、そこに賭けてみたいの。できればあなたのことをもっと知っていろいろ考えたいし。協力してもらえないかな?」
言っていることはめちゃくちゃだが、まなざしと凛とした声になんか説得力がある。菖蒲院よ、ぜひ騙されてくれ。
拓はまた胸のうちで一人ごちた。
「まあいいですけど」
「いいのかよ?!」
恭平が椅子の上でずるっと体を滑らした。
「どうせ無駄に終わると思いますが」
肩をすくめたあと、高華は続けた。
「でも、腕ならさっき掴んでましたよね? 花ばさみを取り上げたとき。あのとき見えなかったんですか?」
「全然。あっ、でも戦いに集中しててわからなかったのかも」
「どこをさわるつもりですか」
「目?」
茜は首をかしげた。
「わたしが何も見えなければ意味ないでしょう」
「あ、そっか。じゃ、おでことか頭はどう? 目に近いってことで。あと再確認で、腕」
「絶対領域ぃー!」
背後で恭平の声がした。
が、薫の「フゥーーーッ!」という声に語尾が掻き消された。
「頭は厭です。まあ、額と腕なら。それだって本当は厭です。とっとと終わらせてください」
むっとしている高華の額に、茜は手のひらを当てた。はたから見ると、友人同士で熱でも測っているみたいだ。
「薫ちゃん、腕をお願い」
茜の言葉に、薫は手首が自由な方の高華の腕を、がしっと掴んだ。
高華は口をへの字に曲げたまま、花壇を見つめている。
心もち頬が赤くなっている。
茜と薫も、真剣なまなざしで同じ方角を見やった。
「おぉ、なんか百合っぽいうるわしい絵面じゃね?」
彼女らの写真を撮影しようとした恭平から、拓は携帯端末を取り上げた。
「見せ物じゃねえ」
「なんだよぉー。返せよ! クラスの、いや学年の、いや校内の男子に売れば部費の足しになるだろうにさぁ」
ひそひそ声で、恭平は抗議する。
「その写真がSNSやなんかで世界中にばらまかれるかもしれねえとこまで考えてるか?」
拓も無声音で答えた。そして、片方の手首が高華の手首と結ばれた不自由な体勢のまま、彼をぐっと見据えた。
「世界中? いやいやいや、んなのないっしょ。俺ほとんどSNSやってねーし、アップもしねーしさぁ」
「お前がやらなくても、買ったやつらが広める可能性があるんだよ。甘すぎる」
拓が茜と薫に視線を戻したとき、彼女らは顔を見合わせ、首を横に振っていた。
そして、二人とも高華の体から手を離したのだった。
「ほら、ご覧なさい。やっぱり無駄だったじゃないですか」
ん?
その声に、ほかならぬ高華自身の落胆が少し混じっている気がして、拓は彼女の顔を見つめた。
声と違い、顔には居丈高な表情があるのみだった。
リッピアとアンジーは、さきほどからずっと、拓たちの様子を黙って見つめている。
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