13 二度目の春が来て 13 多数決……か? そしてヒュルッ
いらしてくださり、ありがとうございます。
つかつかと茜がやってきて、彼らと高華との間に立った。
「決をとります」
茜の凛とした声が響く。
「菖蒲院さんには菖蒲院さんの意見、わたしたちにはわたしたちの意見があって、このままでは平行線。だから多数決で方向性を決めます」
「何言ってるんですか! わたしに見えている美は、本質的で絶対的なものです」
高華は胸の前に手をぐっと引き寄せ、拳を握りしめた。
手首同士が結ばれた拓の体も同時に引っぱられる。
「でもわたしたちは――少なくともわたしは、同意できないわ。あなたにとっては『絶対的』な美なのかもしれない。きれいだとも思う」
けど、と茜は続けた。
「わたしにとっては、花壇の花をやたらに切らないって方がやっぱり優先順位が高いよ」
恭平がそうだそうだ、と加勢する。
「ここ、あなたの家じゃ、ないし」
薫も背を反らして高華を見上げる。
「そうよね。ここは菖蒲院さんだけじゃなくわたしたちの学校。それに花壇は学校の許可を得て園芸部が世話をしているの。校則でも決まっていない以上、多数決で決めるのが公平だと思うけど」
「公平!? わたし一人対あなたがたで、いったい何が公平なんですか」
高華は、悔しそうな顔でなおも反論する。
――あんまり意味なさそうだけどね、多数決。
リッピアが小さな溜息をついた。
――人間ってどうしてこんなふうに争うんだろ……。
彼女は手を後ろで組むと、片脚を軸にし左右に体をひねった。
軽やかに揺れる短いワンピースの下から、適度に引き締まったなめらかな脚が伸びている。
――植物は違うのか?
拓は慌ててリッピアの脚から目を逸らした。
――そりゃ、全部が全部、仲いいわけじゃないよ? でも、基本、環境に合わせて自分を変えるし、生き残るためなら一致団結するよぉ。
――あいつらだって、地球滅亡の危機にでもなりゃ、仲よく知恵を絞り合うんじゃね?
言いながら拓は、別のことを思った。
リッピアのむくれた顔、ちょっとかわいいじゃねーか……。
俺を見上げて、唇を突き出して。
声はちと甘ったるすぎる。が、泣きつかれたり、文句を言われたりしても、不思議と厭ではなかった。
言葉以外にも、目や唇が、真っ盛りのチューリップみたいにいろいろなものを訴えかけてくるのだ。
ごく自然に、何かやってやりたい、という気持ちになってくる。
こんな妹がいたら。
……いや、花の精を見てそんなことを思うなんて、俺は変態か?
「もう、拓! どっちなの?」
痺れを切らしたような茜の声で、拓は我に返った。
ん?
茜の背後で、黒い影のようなものがヒュルッと動いた。
もう一度目を凝らしたときには、もうなかったが。
気迫に満ちた茜の目が、無言で自分を促している。
「勝手に花壇の花を刈るのは絶対に認めない。これは譲れない」
そこでひと息ついて、拓は続けた。
「だが、菖蒲院が見てる景色を俺たちも見られねえか、試してみる価値はあると思う。意見が変わらねえにしても、こいつに世界がどう見えてるのか興味なくはねーし」
「はぁ? ちょっと、何言ってるかわかんないんだけどさぁ」
恭平が顔を顰めた。
「あ、あなた何を」
当の高華も困惑気味だ。
対して、茜と薫ははっとしたように顔を見合わせている。
茜も薫も去年の春、偶然をきっかけに、ほんらい聞こえるはずのないものを聞いている。
彼女らが耳にしたのは、パンジー・ビオラの精、スミレの声だった。
まあ、声は聞こえてもスミレの姿は見えなかったんだよな。
拓は胸のうちで一人ごちた。
「花があるべき姿」の映像や輪郭線も視覚情報だ。とすれば期待はできまい。
「ちょっと来てくれる? 確認したいことがあるの」
茜は窓を開け、高華を手招きした。
訝しげな顔で高華が従う。
拓も必然的についていかざるを得ない。
「黒い影のようなもの」は、実は前作『ある高校生華眼師の超凡な日常』のどこかで、既に出てきています。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。
ご来訪に心から感謝いたします。




