表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/75

13 二度目の春が来て 13 多数決……か? そしてヒュルッ

いらしてくださり、ありがとうございます。

 つかつかと茜がやってきて、彼らと高華との間に立った。


「決をとります」

 茜の(りん)とした声が響く。


「菖蒲院さんには菖蒲院さんの意見、わたしたちにはわたしたちの意見があって、このままでは平行線。だから多数決で方向性を決めます」

「何言ってるんですか! わたしに見えている美は、本質的で絶対的なものです」

 高華は胸の前に手をぐっと引き寄せ、拳を握りしめた。

 手首同士が結ばれた拓の体も同時に引っぱられる。


「でもわたしたちは――少なくともわたしは、同意できないわ。あなたにとっては『絶対的』な美なのかもしれない。きれいだとも思う」

 けど、と茜は続けた。


「わたしにとっては、花壇の花をやたらに切らないって方がやっぱり優先順位が高いよ」

 恭平がそうだそうだ、と加勢する。

「ここ、あなたの家じゃ、ないし」

 薫も背を反らして高華を見上げる。


「そうよね。ここは菖蒲院さんだけじゃなくわたしたちの学校。それに花壇は学校の許可を得て園芸部が世話をしているの。校則でも決まっていない以上、多数決で決めるのが公平だと思うけど」


「公平!? わたし一人対あなたがたで、いったい何が公平なんですか」

 高華は、悔しそうな顔でなおも反論する。


 ――あんまり意味なさそうだけどね、多数決。

 リッピアが小さな溜息をついた。

 ――人間ってどうしてこんなふうに争うんだろ……。

 彼女は手を後ろで組むと、片脚を軸にし左右に体をひねった。

 軽やかに揺れる短いワンピースの下から、適度に引き締まったなめらかな脚が伸びている。

 

 ――植物は違うのか?

 拓は(あわ)ててリッピアの脚から目をらした。



 ――そりゃ、全部が全部、仲いいわけじゃないよ? でも、基本、環境に合わせて自分を変えるし、生き残るためなら一致団結するよぉ。



 ――あいつらだって、地球滅亡の危機にでもなりゃ、仲よく知恵を絞り合うんじゃね?

 言いながら拓は、別のことを思った。


 リッピアのむくれた顔、ちょっとかわいいじゃねーか……。

 俺を見上げて、唇を突き出して。

 声はちと甘ったるすぎる。が、泣きつかれたり、文句を言われたりしても、不思議といやではなかった。


 言葉以外にも、目や唇が、真っ盛りのチューリップみたいにいろいろなものを訴えかけてくるのだ。

 ごく自然に、何かやってやりたい、という気持ちになってくる。

 こんな妹がいたら。


 ……いや、花の精を見てそんなことを思うなんて、俺は変態か?


「もう、拓! どっちなの?」

 痺れを切らしたような茜の声で、拓は我に返った。


 ん?


 茜の背後で、黒い影のようなものがヒュルッと動いた。

 もう一度目をらしたときには、もうなかったが。


 気迫に満ちた茜の目が、無言で自分を促している。


「勝手に花壇の花を刈るのは絶対に認めない。これは譲れない」

 そこでひと息ついて、拓は続けた。


「だが、菖蒲院が見てる景色を俺たちも見られねえか、試してみる価値はあると思う。意見が変わらねえにしても、こいつに世界がどう見えてるのか興味なくはねーし」

「はぁ? ちょっと、何言ってるかわかんないんだけどさぁ」

 恭平が顔をしかめた。


「あ、あなた何を」

 当の高華も困惑気味だ。


 対して、茜と薫ははっとしたように顔を見合わせている。

 茜も薫も去年の春、偶然をきっかけに、ほんらい聞こえるはずのないものを聞いている。

 彼女らが耳にしたのは、パンジー・ビオラの精、スミレの声だった。

 まあ、声は聞こえてもスミレの姿は見えなかったんだよな。

 拓は胸のうちで一人ごちた。


「花があるべき姿」の映像や輪郭線も視覚情報だ。とすれば期待はできまい。


「ちょっと来てくれる? 確認したいことがあるの」

 茜は窓を開け、高華を手招きした。

 (いぶか)しげな顔で高華が従う。

 拓も必然的についていかざるを得ない。

「黒い影のようなもの」は、実は前作『ある高校生華眼師の超凡な日常』のどこかで、既に出てきています。


ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ