12 二度目の春が来て 12 絶対とは
「終わりました」
高華は静かに、花の真ん前を離れた。手首同士がハンカチで結ばれている拓も、否応なく同じ動きをさせられる。
「きれい」
吸い寄せられるように、茜が金魚鉢のそばに行った。
「花壇では隣り合うことのない色や形の花が隣り合って咲いてると思うと、不思議な気がする」
活けられた色とりどりのチューリップを、正面から、横から、下からじっくりと眺めている。
「いやまあ、きれいか汚いかっつったらきれいだよ? 何十人って集団の中では目立たなかったアイドルが、選抜で人数ひと桁のグループになったら頭角を現した、みたいな感じでさぁ」
恭平がさりげなく茜の横に陣取り、顎に手を当てる。
「でもさぁ、花壇から勝手にチョキチョキ切ってきたっつうところをなかったことにはできねーわ、俺は」
薫が、こくんと首を縦に振る。
いつのまにか彼女も、茜にくっつくようにして花を見上げていた。だが
「お、やっと俺と意見を同じくしたようだな」
と恭平に言われると薫は、フゥゥゥ―――ッ! と肩をいからせたのだった。
「やっぱり、花壇に咲いてる方が、きれい」
薫は硬質な光を湛えた目で、高華を見据えた。右手で、スカートをぎゅっと握りしめている。
「まあ、あなた方には花のあるべき姿が見えないんでしょうから」
高華は落ち着いている。声のトーンも、さわるとひやっと冷たい刃物のようだ。
「確かに見えないわ」
茜が受けて立つ。
「でも菖蒲院さんにも、わたしたちが見てるようには、花壇が見えてないのよね? あるべき姿の映像や輪郭線がごちゃごちゃ重なって。そういうのを取っ払ったら、かなりきれいかもよ?」
「わたしに見えているのは花のあるべき姿で、それが『絶対』なんです」
「『絶対』だなんて、いったい誰が決めたんだ? 誰かに認定でもしてもらったか」
ようやく、拓は口を挟んだ。
「それはわかりません。ものごころついたときには見えてたんですから」
なんでこんなことを言わせるのかと言わんばかりに、高華は片眉を上げた。
「でも、母である家元もご神託だと言っていますし、あるべき姿に従って活けた花は、さまざまな所で高い評価を得ているのです。この実績こそ、絶対性を保証するものです」
「どうだかな」
拓は吐き捨てた。
「お前、家元の娘なんだろ? なら、お袋さんの息がかかったやつや利害関係があるやつは、お前を持ち上げる分ともけなしはしないだろう。心酔してか報復を恐れてかはわからねえが。そんなやつらで審査すりゃ、高い評価も簡単に得られるってもんだ」
「お言葉ですが、審査員にはわたしたちと交流がない人々もたくさんいます。審査基準だって公正ですし」
高華は、キッと拓を睨んだ。
「なら、本当にいいと思ってるやつも大勢いる可能性が大きいな。けど一つ確認するが、お前のお袋さんは、業界全体に影響力を持つような人か?」
「まあ」
「だったら、やはり割り引いて考えた方がいいかもしれん」
「だよなぁ。それにあんたの母ちゃんさぁ、同じもんが見えてんの?」
恭平が会話に入ってくる。
「家元には……見えていないと思いますが」
「だったらさぁ、あんたが超能力持ってる設定にした方がステータス高い感じになるよね、家的な意味で」
「設定って! ほんとに見えてるんです」
高華は上半身を突き出して恭平に反論する。
「ごめん、俺、超常現象とかそういうの信じてないからさぁ。なんかヤバい薬やってんじゃねーの?」
恭平は手をブレザーのポケットに突っ込んだまま、にやにやしている。
――超常現象、あることはあるんだが……。
心配そうな顔で高華や恭平を見守るリッピアと、無表情で彼女に寄り添うアンジーを見ながら、拓は視線を斜め上にやった。
「薬なんて飲んでません!」
高華は片腕を伸ばすと大きく体をひねった。
油断していた拓の体は、手首同士を高華とつながれたまま、遠心力で恭平にぶつけられてしまったのだった。
「いてててて……。俺は武器じゃねえぞ!」
「そうだよ! 暴力反対っ!」
「失礼。ヨーヨーと間違えました。こんなかわいくないヨーヨー、実在しませんけど」
高華は平気な顔をしている。
「どうせ武器にするなら、ちゃんと手の中に戻しなよ! 手に返るまでがヨーヨーですっ!」
恭平が、弱い犬みたいに吠え立てた。
ほかの人に世界がどう見えているかは、なかなかわからないですね。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。
ご来訪に心から感謝いたします。