11 二度目の春が来て 11 活ける
「部員が花を愛する園芸部だと活け花の生徒さんから聞いたので、どれほどのものかと思えば、花壇に花を植え散らかしているだけ。本当に腹が立ち、ただちに是正せねばと思いました」
「植え散らかして、だってぇ!?」
恭平が椅子から立ち上がった。
「きれいに並んでんじゃんよぉチューリップ! 茜ちゃんとみ、みじゅ……うぅ、噛んだ! 拓がさぁ、汗水垂らして球根植えたんだぜ? 俺、見てねーけど!」
「はぁ? いくら汗水垂らそうが、結果として汚いものは汚いのです」
二人の鼻と鼻とがぶつかりそうになっている。
人の名字で噛むなよ! しかも下の名前呼び捨てかよ!
拓は胸のうちで突っ込みを入れた。
「家元からも、あるがままに咲く花の美しさを知らねばならぬとは言われています。でも、花壇や野原の花など、わたしにはまったく美しく見えないのです。さまざまな映像や輪郭線が上に折り重なり、ごちゃごちゃ、ぐちゃぐちゃとして汚いことこの上ない」
女生徒は眉根に皺を寄せ、目を細めて体を震わせた。
彼女が口にする光景は、拓には想像し難いものだった。
花々の元の色や形が、彼女が言うところの「あるべき姿」の映像や輪郭線で塗りつぶされ歪められるさまを懸命に思い浮かべてみる。
が、どうもうまくいかない。
「ええと、お名前まだ訊いていなかったわよね。わたしは、土屋茜」
茜が穏やかな声で女生徒に尋ねた。
「菖蒲院……高華です」
高華は目を伏せ、口をへの字に曲げた。
「菖蒲院さん、まずはあなたの言う『あるべき姿』を、実際に見せてくれない? このチューリップを使って。その方がみんないろいろ考えやすいと思うの」
「いいですよ。でも手首のハンカチをほどいてもらわないと」
「ごめんね。それは無理。代わりに、あなたの動きに合わせて拓に動いてもらうから」
「いっ!?」
拓は小さい悲鳴を上げた。
が、それは誰からもスルーされたのだった。
「ちょ、大きく動くときは言ってくれ!」
拓は危うく転びそうになった。手首同士を結んでいる方の腕を高華が急に伸ばしたのだ。
「それぐらい察してください」
高華は平然として、テーブルの上の、水を張った金魚鉢にチューリップを活けていく。
何かガラスの器を、と彼女は望んだ。
そこで、ロッカーや、部室が校務員の宿直室だった時代からの備え付け収納を茜たちが探したところ、丸くて縁がフリルのようになった金魚鉢が見つかったのだった。
高華の軽く曲げられた指が、チューリップの茎を優しくつかむ。
茎の長さは、さっき茜が水切りしたときに、高華の指示でさまざまなものになっていた。
オレンジがかった赤、白い縁取りがある濃いピンク、薄いピンク、白、黄色。
色とりどりの花が、あるものは窓辺から身を乗り出すように、あるものはすっくと立っているように、またあるものは小首をかしげ隣りの花にもたれかかるように、活けられていく。
高華は、あらかじめ決められた場所に花を置く、という感じでさくさく手や体を動かした。
方向を変えるたびにガッコンガッコンいう古いジェットコースターのような揺れを時おり体感しつつ、拓ははっとした。
活けられた花には、ほぼ同じ背の高さで花壇に整然と並んでいるときとはまた違う美しさがあった。
一つ一つの花の個性が際立っている。
と同時に、色も茎の長さもばらばらなのに、花々がゆるやかにつながり合い、ひとまとまりとなって見える。
間に白い花や緑の葉があるせいなのか、なんなのか――理由はわからない。
ただ、前の晩にテレビで見たSF映画のせいだけではなく、金魚鉢が一つの宇宙船に、チューリップの花々がその乗組員たちのようにさえ感じられたのだった。
甘くほのかな花の香りの効果もあってか、いまや高華の動きに対する苛立ちはなくなっていた。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。
昨日のエイプリルフールについた嘘は、「私は魚派」でした。
本日2話投稿しましたため、来週(4/9)は更新を休む予定です。