10 二度目の春が来て 10 ファンタジーじゃあるまいし
拓たちは、「花本来の美のために、花壇のチューリップを花ばさみで切った」という女生徒に、部室で事情を尋ねる。
「花本来の美っつうのは、なんなんだ?」
「わたしには、見えるんです。その花があるべき姿が。どのような向きで、どんな形で、いかなる他の植物と合わせあるいは単独で活けるべきか」
青い髪の女生徒は、水切りされ、バケツの中で元気を取り戻したように見えるチューリップを、いとおしそうに見つめた。
「活ける? 活け花のことか」
「そうです」
「見えるってのは」
「言葉そのままですよ。わかりませんか?」
冷ややかな声で言うと、女生徒は顎を上げた。
――まさか……。
拓は胸のうちで呟き、リッピアに目をやった。
――違う違う。あたしたちは見えてないよ。
リッピアは、ぶんぶん手を横に振った。
いつの間にか、リッピアの横に、オレンジがかった金髪でショートカットの人物が立っている。
空色・ピンク・白などの入り混じった不思議な光沢がある透明がかったシャツに、鮮やかな濃い青のベストと半ズボンを身につけ、革のブーツを履いている。
ベストは、金糸の刺繍が施されるなど凝ったデザインだ。
年の頃は二十歳くらいでリッピアより背が高い。女か男かぱっと見ではわからない。
――でも、別のものが見えてるのは本当だよ! あー、説明するの難しいなぁ。
助けを求めるように、リッピアはベストを着た人物を見上げた。
一瞬、眉をひそめたあと、彼女または彼は口を開いた。
――三次元の映像や、輪郭線が、実際の花々に重なって見えているようです。
静かで、女でも男でもありと思える声だった。
――自分はパンジー・ビオラの精、アンジーです。よろしく。
顔立ちは違っていても、晴れた空みたいな目の色は、去年の春に出会ったパンジー・ビオラの精、スミレに通じるものがあった。
拓が心内語でアンジーに答えていると、茜が女生徒に
「もう少し具体的に話してくれる? わたしには見当もつかないもの。映像が頭に浮かぶわけ?」
と言った。
「映像の場合もありますし、輪郭などの線のことも。それを見ると、いてもたってもいられなくなるのです。早くここから花を救いたい、と」
「でも、花が『助けて』って言うわけじゃないのよね?」
「当たり前です! ファンタジーじゃあるまいし」
女生徒は語気を荒げた。
手首同士を結んでいるハンカチが、ぐっと引っ張られ、拓の手首に痛みが走る。
「いやいやいや、『あるべき姿』が見えるとかいうのだって充分ファンタジーっしょぉ!」
女生徒の背後にいた恭平が、笑いを噛み殺しながら身を乗り出した。
「さっきからなんでみんなクッソ真面目な顔で聞いてるのかさぁ、俺にはさっぱりわかんねーんだけど」
そ、それはさ、と茜が恭平を見据えた。
「自分には見えなくても、『ある』か『ない』かで言ったら『ある』ってものも存在してると思うから」
薫も、こくこくと頷く。
女生徒の顔に、おや、という表情が浮かんだ。
拓は黙って皆の様子を見ている。
「はぁ~、茜ちゃんは優しいなあ」
あきれたように眉を持ち上げると、恭平は女生徒を指差した。
「俺から見ればさぁ、あんたはただの電波だよ。いくら救ってやらなきゃっつったって、よそんちの庭や学校の花、バンバン切ってたらだめでしょー。泥棒だしさぁ、そのうち刑務所行きだぜ? てめーのうちでだけやってろっつーの」
「わ、わたしだって、どこの花でも切るわけではありません」
女生徒は上半身をひねり、恭平を睨んだ。
いらしてくださり、ありがとうございます。
今日は次話もあります。