01 二度目の春が来て 1
「ある高校生華眼師の超凡な日常」(【追記】オークラ出版NMG文庫様より発売中)の続編になります。どうぞよろしくお願いいたします。
「わたしが産休・育休を取っている間、あなたたちほんとよくやってくれたな。ありがとう!」
私立緑高校の体育教師である大河原クリスタルは、花壇の前で応援団長のように声を張り上げた。
大柄な彼女は、セミロングの黒髪を頭の高い所で無造作にまとめている。
仕事に子育てに忙しいはずの今でも、所帯やつれしている感じはない。
ミルクコーヒー色の肌に愁いを含んだ大きなエメラルドグリーンの目、と、「首から上は」黙っていれば、はかなげな容貌だ。
フランス映画のはかなげなヒロインになれそうなくらい小粋だと、前にとある生徒が別の生徒に言ったことがある。
一方、「首から下は」というと、がっちりして広い肩幅やたくましい体格、しっかりした骨格などが、実に頼もしい印象を生徒たちに与えていた。
オレンジ色の地に黒いラインが入ったジャージ姿が全身で「わたしについて来い!」と語っているようだ。
「本当に大変でしたよ。代わりの顧問教師は何もしねえし」
表情一つ変えずむすっとしている男子高校生は、水原 拓。
黙って歩いているだけで道行く子供を怖がらせるほど、目つきが悪い。
「ちょ、た……水原君、何言ってんの! マタハラ!?」
拓の隣りにいる少女が、両手の拳を握りしめて彼を見つめた。
茶髪のポニーテールが揺れ、見開かれた大きな目が日を浴びて蜂蜜色に光る。
彼女の名は土屋 茜、拓の幼なじみかつ同級生かつ園芸部員だ。
顎を持ち上げ胸を反らしたせいで、紺色で襟や袖に白い縁取りがあるブレザーの胸の辺りが、ぐいっと広がる。
「大河原先生は悪くねえよ。ただ、代わりのやつがカスだったって伝えねえと、先生が休みのときまたカスに当たるだろ」
拓は鋭い目つきのまま、口を尖らせる。
「すみません、先生」
背伸びして彼の後頭部に手を当て、無理やりお辞儀させようとした。
が、拓が抵抗してうまくいかない。
「いいんだ、土屋。代わりに顧問になったやつが何もしなかったというのは本当か?」
「あ……はい。四月に部室に見えて、気合で頑張れ、とおっしゃって。あとは一度もいらしてません」
「なら、あとで締め上げる。あの野郎、万事オッケーですとか全部まかせてください大船に乗ったつもりでとか、調子のいいことばっかりこきやがって! 二人とも、苦労ををかけて悪かった」
クリスタルは頭を下げた。
「いえ。二人で何とかなりましたし、あ……顔を上げてください。先生だって赤ちゃん産んで育てて、すごい大変じゃないですか」
「だから、先生は悪くねえっつってんじゃん」
拓は無表情のまま言い放った。
「ありがとう二人とも」
クリスタルは顔を上げ、拓と茜をいとおしげに見つめた。唇がいわゆるアヒル口のようになり、さらに蠢く。
彼女は息を吸い込み、ゆっくりと微笑むと、あらためて花壇を見渡した。
「……で、食べられる植物はどれだ?」
「「ありません!」」
拓と茜の声がハーモニーとなって響いた。
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