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外れた世界で少年は。  作者: 三番茶屋
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南名 衛理の場合

 大学内教授殺人事件の現場である一室の検証を、検証とは言うにほど遠いやり方で済ました僕は八千代と共に二つ目の現場へと急行した。

言うまでもなく、犯人を特定するまでに至る確固たる証拠はどちらの現場からも見つけることはできなかった。

教授殺人事件に関して言えば、現場に残されていたものは『Hi boy,who the fuck do i hang out with?』

という走り書きと呪いの花束である黒百合だけだった。

細部に亘って、事細かく検証すれば或いは『神宮司』を特定する何かが見つかるかもしれないけれど、それに関しては専門家である警察機関の役目であって、いくら八千代でも髪の毛一本繊維一本を血眼になって探すことはしなかった。

 そして。

どちらの現場からも見つけることができなかったと言うのも、大学からさほど遠くない繁華街の中心部で起こった通り魔殺人事件からは、挑発的なメッセージや挑戦的な花束はおろか、目撃証言すら得ることはできなかったのだ。

現場に到着して、そこが入り組んだ路地でも、人気のない路地裏でもなく――辺りを店やビルディングが囲う繁華街の中でも最も賑わいを見せる大通りだったことに僕は驚愕した。

さらには、そんな人気のある――むしろ、人が密集している大通りでの犯行というのにも関わらず、目撃証言がないことに驚きを通り越して、ある種の疑いが胸中を渦巻いた。

誰がどこから、どのように殺したのか、誰もそれを目撃しなかったのである。

気付けば、人が倒れていて、気付けば、人が血を流して死んでいた――ただそれだけだったらしい。

勿論、中には怪しい行動をしていた人物を目撃したという証人はいたけれど、それでも、そんな曖昧な証言で犯人が特定できるはずがなかった。

 

 確かな情報は何一つ得られなかった。

一つ、いや、二つ得られた情報はそれぞれで殺害された被害者の死因だった。


 一人目。

 籾月 慶志(もみつきけいし)

死因、頚部(けいぶ)の圧迫による窒息死、或いは頚部の外傷によるショック死。

脳の一部が挫傷。


 二人目。

 樋野 瞳(ひのひとみ)

死因、胸と腹部の二箇所を刺され、失血死。

左胸大動脈の損傷から、凶器は包丁のようなもの。


 これらは通り魔殺人事件現場で、数十分振りに再会した三間さんから得た情報だった。

二件の事件ともに、遺体の回収は既に済んだ後だったので、恐らく警察機関が司法解剖を急いだのだろう。

事件発生からものの一、二時間程度で死因がわかるのだから、国家機関は仕事が早い。

しかし、まぁ、それでも。

得られた情報はそれだけだった。

司法解剖を長年に亘って執刀してきた法医学者やそれに立ち会う検死官が「遺体は最も的確な情報を与え、一番有力な証拠であり、犯人を特定する」と言うけれど、その文言が通用するのはそれ以外の小さな情報がそれを契機に、まるでパズルのピースのように繋がる場合のみに言えることだろう。

この場合。

パズルどころか、ピース自体が欠けているのだ。

むしろ、別種のピースを混ぜて、パズルを完成させるようなものだ。

それくらい、情報が不足している。

まるでパズルとは無関係のピースを拾っているような、その程度の情報だ。

 けれど。

 僕は思う。

ここまで証拠が見つからなかったり、情報が不足する事件が過去にどれだけの数あっただろう。

勿論、遡れば遡るほど、数多くの難事件や迷宮入りした事件、立証のできない犯罪など両手では数え切れないほど存在するはずだ。

しかし、例えそうだったとしても、それはあくまで少数。

間違っても、解決された事件に比べれば、ほんの一握りの極少数だ。

その中で、ほとんど同時に起きた殺人事件の両方が確かな証拠もなく、有力な情報すら得られないとなると、それは奇妙だ。

奇妙というか、不思議というか。

まるで、煙の中からの犯行のような――都市伝説のような。

常人の理解の範疇外からやってのける犯罪のような。

人によるものではなく、まるで怪奇現象のようで――


 『神宮司』か――。

都市伝説染みた殺人鬼、存在すら疑わしい殺人鬼。

数々の不可解な事件を残し、未解決に捜査が打ち切られ、人ならぬ身へと昇華した殺人鬼。

そもそも、これは本当に彼らの犯行なのだろうか。



「……はぁ」

 丁度、日が落ち始め、夕暮れが近づいてきた午後五時。

僕は八千代との別れを済ませ、一人、ファストフード店にいた。

二つの事件を照らし合わせたり、共通点を探してみたり、けれどその結果は言わずもがな、新しい発想が生まれるどころか何の糸口も見出せないでいた。

ほどんど同時に、それも遠くない場所で起きた二つの殺人事件に何らかの関連性があると仮定するはいいものの、これだけの少ない情報で確かなことなんて何か一つでも見つけることができない。

 しかし、だ。

それらを関連付けることが難しくとも、五日前に僕を襲った殺人未遂事件と通り魔殺人事件には幾つか共通点があった。

一つは被害者の死因。

刺殺された被害者の司法解剖の結果、損傷具合や傷口から凶器は包丁と断定された。

包丁と言えば――あの時、僕を襲ったのも、出刃包丁を持った女だった。

そしてもう一つ。

殺害現場が繁華街だったこと。

僕が襲われた現場も、その繁華街の路地裏だった。

断定こそできないが、これは同一人物の犯行と推測してもいいのではないだろうか。

何より、僕を襲った殺人未遂事件そのものも未だ解決していないのだから、その可能性は大いにあり得るだろう。

 はぁ……。

 はぁ、と二つ溜め息。

考えれば考えるほど共通点が見つかるし、それはそれで事件の真相に近づくことができそうなので願ってもないことなのだけれど、如何せん、それらの関連性の裏付けが明確になるに連れて僕のモチベーションが低下する。

まさか、三日前に僕を襲った犯人が『神宮司』かもしれないなんて、考えるだけで恐ろしい。


 僕はトレイに手をつけていないハンバーガーを残し、トイレに入る。


 人が死ぬことに慣れ親しんでいるとは言え、その殺意が自分に向けられている違和感は初めてだった。

死ぬのはいつも目の前の他人で、殺意を向けるのはいつも目の前の他人で――そんな世界に慣れきっていた僕が、今まさに、自身の危険を感じているのだ。

その違和感は、いや、その恐怖感はどうしたって簡単に払拭することはできないだろう。

人が死ぬことに何の恐れも感じなかった僕だ、だからと言って、自分自身の死に何も感じないということはないのだ。

それは最初からわかりきっていたことだ。

けれど、それも頭の中だけで理解していたに過ぎない。

身を持って死を体感し、すぐ近くまで足音を立てながら寄ってくる死に恐怖している。

膝に力が入らないし、手も震える。

深く考えるほど動悸が激しくなるし、息も荒くなる。

確かに、他人の死に何の感情も抱かなかったわけではない。

同情のような感情もあっただろう、たまには被害者の立場になったこともあっただろう。

しかしそれも、僕はどこかで他人の死と自身の死に一線を引いて画していたのかもしれない。

自身の死と他人の死に何ら繋がりはなく、全く別のこととして捉えていたのかもしれない。

明日はわが身――目の前で死ぬ他人がいつ僕と摩り替わってもおかしくないと言うのに。

慣れ親しんでいたならば、もっと僕は考えるべきだったのだ。

いつか僕も『あんな風に』死ぬかもしれない、と。

いつか僕も『こんな風に』死ぬかもしれない、と。

そうすれば、こんなにも嫌な汗をかかずに済んだだろう。

 僕は怖い。

死ぬことが怖い――のか?

誰かに殺されることが怖い――のか?

誰かが誰かを殺すことに何の恐怖感も抱かないというのに、自分が殺されるのは怖い――のか?

 あぁ。

 あぁ……。

そうか、これは死ぬことが怖いんじゃない。

誰かに殺されることが怖いんじゃない。

こんなにも僕が『何か』に恐れているのは、誰に殺されることでも、自身が死ぬことでもなくて――そう、これは、この恐怖心は――




「……ん」

 トイレで顔を洗い、思考を一度リセットして、席に戻る。

茶色のトレイ、包まれたハンバーガー、アイスコーヒー、砂糖、ミルク。

そして。

白いメモ用紙。

正確には大学ノートを雑に破ったような形跡のある用紙だった。



『夜 七時 公園 一人で ――死神より』



 そう記載されていた。

間違っても、僕の記憶がないところで自身で勝手に書いたものではなく、明らかに『誰か』が置いたものだ。

「…………」

 僕はそのメモを凝視し、一度に思考を根のように巡らせる。

まず、これは誰が置いたのか、いや、それはわからない。

けれど、内容を見る限り、僕を狙って、僕という対象を明確に絞って置いたメモに間違いないだろう。

僕がここにいるということを知っていた、或いは見ていた。

そして、僕が席を立った隙に置いたに違いない。

「……………………」

 公園、か。

詳細に記載されてない以上、これがどこを指すものなのかわからないけれど、近所で言うならば、それは一つに限られている。

繁華街の通りを抜けた先にある、市営の広い公園だ。

「………………………………」

 そして。

 ――死神より。

いや、待て。

落ち着こう。

『それ』はいくらなんでも考え過ぎじゃないか。

深く考え過ぎて、余計な推測をしても意味がないのだ。

そうだ。

落ち着け――

まさか、まさか、まさか、死神って――

そう言えば、『アイツ』もあの時、冗談っぽく自分のことをそんな風に言っていたけれど。

「…………――じんぐう」

 僕は思ってもいないことを口にしそうになる。

願ってもないことを口に出しそうになる。

 しかし、どうだ。

この状況において、メモを僕が席を離れた隙を狙って置くことに一体どんな意味があると言うのだ。

それに、そんなことをわざわざする人間に一体どれだけ思い当たるのか。

八千代?

いや、それはない。

わざわざそんな、意味もない呼び出しをする必要性がない。

サプライズ演出の可能性は皆無だ。

そんな細かい作業を好き好んで、積極的に行う彼女ではない。

三間さん?

いや、それもないだろう。

例えば事件のことで秘密裏に話したいことがあったとしても、それは僕ではなく八千代の方にするだろう。

林檎ちゃん?

事件のニュースは見て知っているだろうが、そもそも事件の内容を詳しくは知らないのが彼女だ。

細かい情報に関しては未だに警察内部のみに留まっているのだから、いくら『全てを終えた少女』だからと言って、事件解決の推理すらままならないだろう。

それなら、志木式さんとか?

いや、ない。

有り得ない。

クラスメートの羽織(はおり)ちゃん?それとも、緋槻(ひづき)くん?もしくは、兎璃(うり)さん?

いや、それもない。

仮にそうだとして、そうだとするなら、僕はこの先、彼ら彼女らとの縁を確実に切るだろう。


 なら、一体誰が――

籠目 紫……。

籠目ちゃん?

いや、わからない。

有り得ない話ではない。

むしろ、彼女のような特異な人間なら大いに有り得る。


 籠目ちゃんでもないのだとすれば。

それならば。

そうだったとするなら――




 僕は集中していた思考の横からふと思い出した。

まるで考えていなかったことを、何のきっかけもなしに思い出した。

今まですっかり忘れていて、忘却の彼方にあったことを思い出した。

右脳から左脳へ一瞬にして流れる電気信号を感じ取ることができたのだ。


「きっかけは何だと思う?」


 そう。

それは確か、八千代と籠目ちゃんから言われた理解不能な言葉だった。


「君だよ、少年」


 その言葉を僕は思い出した。

思い出したくもない言葉で、思い出した後やはり後悔した。



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