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外れた世界で少年は。  作者: 三番茶屋
20/36

殺傷予告 Ⅱ

 頭部がない死体は入れ替わりを疑え。

 双子がいたら入れ替わりを疑え。

 見立て殺人には伏線を張れ。

 推理小説では使い古された技法の一つであり、トリックの一つであり、カモフラージュの一つではあるけれど、それらが現実における殺人事件で使われるかと言われれば微妙である。

勿論、これまでに起きた数多くの殺人事件の中に、それに挑戦した勇敢な犯人もいるだろう――しかし、その数は圧倒的に少数だ。

少数で、少数派だ。

 それは何故か。

そもそも、殺人にそんなことをする必要がないからだろう。

そもそも、殺人を犯す状況にそんな都合の良い条件はないからだろう。

殺人事件の大半は恨み妬み辛みによる犯行で、障害を除外できればいいという浅薄知慮なものに過ぎない。

だからこそ、トリックの必要性など皆無であって、意味もないのだ。

 一般的に言われる知能犯に焦点を当てれば、そこには誰もが思いもしないトリックが隠されていたりするものだろうけれど、しかしそれはあくまで少数派である。

それを取って例に出しても、一般的な殺人事件にあるとは言えないだろう。

 しかし、どうだ。

 現在進行形で連続殺人事件が起き、トリックならぬ不可解な謎を残した現場が続き、八人もの犠牲者を出したこの現実は果たしてリアリティがあると言えるのだろうか。

現実味を帯びた現実の殺人事件と言えるのだろうか。

少なくとも、リアリティの欠片も感じられないように思える。

かと言って、「実は作中作でした」とかいうオチなどあるはずもなく、紛れもない現実に起こった連続殺人事件であることに変わりない。

 連続殺人鬼(シリアルキラー)の登場も。

 謀計(トリック)の利用も。

 全て現実で、目の前でまさに起きているものだった。


 ともあれ、籠目ちゃんの死体は警察機関に回収される運びとなった。

欠損した頭部の在り処は判明しておらず、しかし、迅速な司法解剖が必要と判断した三間さんの計らいのもと、死体発見から小一時間で籠目ちゃんは運び出された。

 《密室》の定義の詳細は置いておくとして、それには二種のパターンがあるように僕は思う。

まず一つ目は、物理的密室。

それは籠目ちゃんが殺された現場に対して言えることだろう。

物理的に、内部での犯行など不可能に思える現場だった――持ち出された形跡のない鍵、閉まった教室、密室。

そして、二つ目――アリバイ的密室。

誰にも不可能なアリバイの中で起こった殺人事件もある意味密室と言えるだろう。

お互いがそれぞれのアリバイを証言できる状況下で起こる殺人など、密室と変わりない。

まぁそれは、複数犯、或いは外部犯という可能性が高い以上、本来の密室とは程遠いものなのかもしれないが。

「密室だろうと何だろうと、こうやって中で人が殺されてんだ。間違いなくどっかに穴があるんだよ。何が密室だよ、ざけんな」

 籠目ちゃんの死体が運ばれた後、鑑識官を含む僕と雪間さんは現場に残っていた。

より細かく、より細部まで現場検証を行う。

「密室ってのはな、勝手にあたしたちがそう思わされてるだけなんだよ。犯行可能な要素なんてどこにもねぇってのは事件としてありえねーってことだ」

 雪間さんは苛立ちを隠せないようで、輝かしい綺麗な金髪が乱れに乱れていた。

 人はストレスを感じると首から上をいじってしまうという話を八千代から聞いたことはあるが、雪間さんの場合、髪をかき乱すようだ。

「籠目ちゃんの頭はどこにあるんですかね……」

「まぁ、何かに利用されたってことは間違いねーだろうよ。その線から推理する方が正しいかもしんねぇ」

「その線とは?」

「犯人がどうしてわざわざ首を切り落として持ち去ったか、ってことだよ」

 どうして、か。

確かに、その疑問が解かれたならば事件解決に向けて大きな足掛かりになるに違いない。

 いや、でも……犯人の意図なんて推理するだけ無駄じゃないか?

 そんなことが簡単にわかるはずないし。

「無駄じゃねーって。例えばこれが、ただ単純に死体を冒涜した結果ならばまだしも、頭部だけを刈り取ったことには絶対意味があんだよ。他の部位には何の損傷もねぇんだ、明らかに意図があって、明らかにそれを狙ってやってる」

「……なるほど」

 納得。

 言われてみれば、バラバラ殺人によくある動機とは違いがあるかもしれない。

戒めるために死体を切り刻むわけでも、隠しやすくするためにバラバラにするわけでもなく、頭部だけを狙って持ち去った形跡。

首以外には何の外傷もなく、加え争った形跡もないし。

何らかの意図がある――強ち、間違いではないのかもしれない。

「その線から考えると、死体が本当に籠目 紫って女子高生なのかも疑わしくなるわけだけどな」

「やっぱり、そうなんですか?」

「やっぱりって何だよ。例えばの話だぜ?どうせ検死が済めば簡単にわかることだ、今は目の前にある材料で推理するのがベターだろうがよ。ったく、主婦ってのはいつもこんなことに悩まされてんのかねぇ」

 主婦にはなりたくねぇ、と雪間さんは加えた。

 余った材料で夕飯をこしらえる主婦の気持ちと、僕たちが数少ない材料で推理する気持ちとはひどい違いがあると思うが、そんなことを言っている内は雪間さんに婚期は訪れないことだろう。

いや、そもそも雪間さんが誰かと結婚するなんて想像できないのだが。

まさか、結婚してるとか……言わないですよね?

「……ん、お前は被害者の知り合いだったりするわけ?」

 後ろめたい気持ちなど一切なかったが、雪間さんの突然な質問に僕は『ぎくっ』となってしまった。

「なんだよ、知り合いかよ。それならあの死体が本人かどうか判断できたんじゃねーか?」

「い、いえ……二度ほどしか会ったことがないので――」

「かー!使えねー!役立たず!」

 それ以外にも数々の暴言を浴びせられたということは、ここでは伏せておくとして。

 しかし、雪間さんもあの死体が籠目ちゃんかどうかを疑っているようだけれど、その線は可能性として有り得るのだろうか。

例え有り得たとして――例えば、籠目ちゃんではなく、全く別人の死体だっとして、それに何の意味があるというのだ。

籠目ちゃんと思われていた死体が、別に誰かに変わることで何の変化があるというのだ。

 入れ替わりを疑え――か。

そもそも、入れ替わりの大前提として、そのトリックが使われるメリットとして挙げられるのは、容疑者から外れる、ということだろう。

自分を死んだことにしておけば、自由の利く外部犯として活動できるわけだ。

まぁしかし、これも推理小説におけるトリックだろうが。

それに、検死をすれば嫌が応にも看破される簡単な仕掛けだ。

 いずれにせよ、籠目ちゃんが誰かと入れ替わったとして、容疑者から外れたとして、自分を死んだことにして自由を得たとすれば、それは必然的にある地点まで推理が行き着くだろう。

それは、籠目ちゃんが、彼女こそが犯人であるということ――此度の連続殺人事件の全てを担ったかどうかはともかく、少なからず関与しているという裏付けになるということ。

籠目ちゃんが連続殺人事件の犯人である可能性を有しているということになる。

 確かに、そうなれば合致する――少なくとも、この現場においては。

頭部を持ち去った理由も合点がいく。

 そう言えば、六月十二日の会社ビル内殺人事件においても、籠目ちゃんは不審だったように思える。

第一発見者だからというわけではないが、偶然悲鳴を聞いて、わざわざ六階までの高さをよじ登るだろうか。

よじ登ったとして、あれほどの凄惨な現場を目の当たりにしても尚、何食わぬ顔をしていたのだ――普通の女子高生では有り得ないことではないだろうか。

いや、女子高生だからではない、一般人ならばその光景はトラウマになってもおかしくはない悲惨さだったというのに。

知らぬが仏であるのに、籠目ちゃんは自らの足で自ら望んで現場を確認した。

まぁ、まさか彼女も殺人現場だったとは露ほど思わなかっただろうが――しかし、いささか籠目ちゃんの反応にも気掛かりな点はあったに違いない。

 今から思い返してみれば、相当おかしい。

 最初から最後まで、彼女は――籠目ちゃんはおかしかったのだ。

 

 籠目ちゃんが犯人、なのか……?


「この場合よー、怖ぇのは別に密室的な状況ってわけじゃねぇんだよなー」

 雪間さんは鍵の掛かった窓を検視しながら呟いた。

それは誰に聞かせるでもない、独り言のようだった。

「怖ぇのは犯人の執念だよな。女子高生の首を切り落としてまで逃れようとする執念。そして、現場と事件をより混沌とさせる一手。あたしにはわざとカオスに事件を作ってるとしか思えねーんだよ」

「カオスに、ですか」

 僕は雪間さんの言葉を反復した。

特に意味はなく、会話を継続させる上での相槌に似たものだ。

「殺人事件が連続してるのも、通り魔事件の方はともかく、現場がこうも奇奇怪怪としてるのも、あたしにはあえてそうしているとしか思えねー。いや、誰がどう見ても、そう思うだろうよ」

 それは自己顕示欲の表れなのかもしれない。

自分の能力の高さを、知能の高さを見せるための欲求的犯行と言えるかもしれない。

「知能犯だと言えるが、けどよ、愉快犯とも言えるんじゃねーか?難航する捜査、慌てふためく世間、それを見て楽しんでるように思えてならねーんだよ」

 雪間さんはさらに続けた。

声調共に活気がなくなってきているのがわかる。

「犯人からして見れば、トリックのメリットなんざ何も考えてねぇのかもしれねー。自分が容疑者から外れるためにやってるわけでも、アリバイを構築するためでもねぇのかもしれねー。ただ純粋に、自分の能力の高さを誇示してるだけの、示威行為なんじゃねーかって思うんだよ」

「どうしてそんな風に思えるんですか?確かに、まぁ、僕も同じようには思いますけど――トリックを使うからには何か理由があるからじゃないんですか?」

「うーん……まぁな」

 反論されると思ったが、あっさり納得して頷く雪間さん。

どうも調子がおかしいようだ。

いつもの雪間さんの乱暴さといい加減さがない。

それはそれで女性らしくて僕は同慶の至りではある――いや、この場合、慶事などどこにもないのだけれど。

雪間さんの落ち込みが慶事などと、間違っても言うわけにはいくまい。

「少し休みますか。こんなに殺人が続くと気も滅入りますし。僕の神経もこう見えて結構磨り減ってますしね」

「……嘘くせぇよ、お前は」

「未だに解決しない連続殺人事件、解決の糸口すら掴めないほどに難航する捜査、そりゃ疲れますよ。部外者の僕はともかく、社会正義を背負ってる雪間さんや三間さんからすれば、精神が磨耗しますよね」

「だなー。いや、別にこれくらいのことで滅入ってるわけじゃねぇんだけどな。昔にあたしが取り扱ってた事件とか比べると屁でもねーよ。公安刑事だぜ、あたしは。ただな――」

「……ただ?」

「いんや、なんでもねー。よし、じゃぁお前の言う通り、休憩するか。取り合えず、現状で出来る範囲の検証は済んだわけだし、後はゆっくりお前ん家でも行って、推理するか」

 雪間さんの言葉に僕は思わず声を上げてしまったが、その後、宮ノ橋学院を後にして向かった先は、彼女が頻繁に通うという居酒屋だった。

所謂、高級居酒屋である。

 そこに向かう道中、つい最近に買い換えたらしい新車の試運転だと言って、下道を法廷速度を越すスピードで駆けたことについては黙秘せざるを得ないことだった。

と言うか、仮にも警察機関に属する身で、そんなことをして大丈夫なのだろうか。

 あぁ……八千代の超安全運転(下道二十キロ)が恋しい。

いやまぁ、八千代の運転もそれはそれでどうかと思うけど。

彼女の場合は目的地に到着するまでの時間がすこぶる長くなってしまうので、何とも言えない苛立ちを覚えてしまうのだけれど、そんなことより事故を起こされる方が御免だろう。

 まぁ。

 車の運転免許すら持っていない僕が言えることではないのは確かだった。


 その後。

 高級居酒屋に到着した僕と雪間さんだったが、事件の推理など一切せず、純粋に取り留めのない会話を楽しむだけだった。

これは主に、アルコールを多量に摂取した雪間さんに原因があるわけだけれど、まぁ、たまには事件のことなど忘れて羽を伸ばすのも悪くはないだろう。

 公安刑事はその機密性から世間に認知されないだの、貢献が目に見えないだのと様々な愚痴をこぼしては八つ当たりするかのように暴力を振るわれた僕としては、これならば凄惨な事件現場の検証をしていた方がまだマシだと思ったけれど、それはここだけの秘密にしておくとしよう。

そんなことを公言してしまうと、後々にどんな悲惨なことに見舞われるか想像できない。

よりにもよって、人並みはずれた雪間さんの暴力に非力な僕が耐えられるはずがないのだから。

それこそ、新たな犠牲者――九人目の犠牲者として、僕の名前が報道ベースに乗るかもしれない。

 ようやく岐路に着き、雪間さんの新車で自宅の前まで送ってもらい、別れを済ませたところで僕は一人の男性に声を掛けられた。

いや、男性という表現にはそぐわない――少年と言うべきだろう。

およそ変声期を迎えたとは思えない若々しい少年のような声だった。

「……何ですか」

 外見から滲み出る不吉さが僕を怪訝にさせる。

一秒たりともか関わり合いになりたくはない、そう思わせる。

彼の表情がそう感じさせる。

「か、かははっ……」

 まるで口が裂けたように口角を上げる少年。

 焦点の合わない眼。

 どこを見ているのかわからない視線。

 



「見ィツケタァ!!」




 次に発せられたその怒声に、僕の背筋は凍りついた。 



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