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外れた世界で少年は。  作者: 三番茶屋
19/36

殺傷予告 Ⅰ

 籠目 紫は死んでいた。

現役女子高生だと、まるで自分の身分を誇示するかのように主張していた彼女は死んでいた。

『神宮司』に憧憬を抱き、都市伝説染みた殺人鬼の手によって殺されることにより、自らの存在を変換したいと願った彼女は死んでいた。

生存の確率は僅かにもないほどに。

専門家が検死するまでもなく、一目瞭然なほどに。

 私立宮ノ橋(みやのはし)学院高等学校、二年四組教室。

 彼女は――籠目 紫は、首を()ねられて死んでいた。

窓際の壁に背中を預け、両足をはしたなく前に広げた状態で殺されていたのだった。

血の海に浸かったような死体。

紺色を基調としたブレザーは血を吸い、黒く変色していた。

 乱暴な扱いを受けた様子はどこにもない。

 学生服が乱れているわけでも、身体のどこかに傷があるわけでもない。

まるで抵抗すらせず、殺されることを受け入れたかのような――そんな想像が働く死体だ。

或いは、一瞬の出来事でそんな余裕などなかったのかもしれない。

さらにもしくは、願っていた死を、運命を甘受したかのようだった。


「かははっ、こりゃまた随分ひでぇ殺され方だな」

 雪間さんは隣で腕を組みながら笑う。

「首を切り落とすって作業は中々重労働なんだぜ。子供だったらまだしも、男女関わらず成熟した身体を切るってのは骨が折れる――ってか、骨折り損のくたびれ儲けだろ」

「……そうですね」

「ただまぁ、首を切り落とすってことに意味があるとしたら、話は別だけどよ」

 日付は同じく六月十四日、午後八時。

 第一発見者は学校の警備員だった。

巡回中、鍵のかかった教室内で籠目ちゃんの死体を発見したらしい。

 死亡推定時刻は通報を受けた午後七時前後。

 現場に残されたものは、犯人によるものだと考えられる書置きがあった。


 『連続殺人事件は終わりません。あなたが死ぬまで終わりません。』


 文面から伺える犯人の異常性に僕の身は強張ってしまう。

とてつもない執着心が垣間見える。

「あなたが死ぬまで終わりません――あなたって誰のことだよ」

「さぁ、誰ですかね……」

 六月十一日の大学内殺人事件に続き、そしてさらに六月十二日の会社内殺人事件に続いて、三度目の書置き。

どれもこれも一目でわかるほど、筆跡は異なっている。

一件目は殴り書きの英文だったし、二件目は丁寧で流麗な字だったし、そして今回はデジタルフォントのような書体である。

「おい、そう言えば真伊は来てねーのかよ」

「一昨日の通り魔事件の調査に行きましたよ。麻由紀に任せっきりにできるほど、私は他人を信用していないからね――とかなんとか言ってましたけど」

「あいつ、絶対殺す」

「まぁ実際、あれは通り魔事件じゃなかったってことなんですよね」

「あぁ、それは間違いねぇよ。死体の死亡推定時刻から考えても、突発的な犯行による通り魔ではないしな。ったく、三人もどっから運んで来たんだっつーの」

 そして。

 これで八人目の死者か。

連続殺人件、八人目の犠牲者――都市伝説級の殺人鬼、『神宮司』による犯行の可能性……。

もっとも、その正体は依然謎のままである。

こうして八人もの犠牲者を出しておきながら、犯人へと繋がる糸口は見つからない、どころか、事件解決の光明さえ得ないのだから不思議だ。

捜査が難航している以前の問題だろう。

そもそも、その捜査自体が進展しないのだから。

好転もしない、停滞したままである。

「やぁ、衛理くん。ご無沙汰してるよ」

「……あぁ――三間さん、ですか」

「君はいつも僕と顔を合わせる度に残念そうにするね。ははっ、若い時は誰も尖りたいと思うものだね――いや、気にしないでくれ。ただの冗談だよ」 

 背後から声をかけてきたのは三間さんだった。

 三間 弦義である。

「おい、三間!あたしの弟子をからかってんじゃねーよ!」

「おっと、これは失礼。なんだ、そうだったのか。色々大変だろうけど頑張りなよ、衛理くん」

「…………」

 なにやらおかしな方向に話が進んでいる気がする。

いや、間違いなくおかしな展開になってしまっている。

 と言うか、やっぱり雪間さんは三間さんよりも先輩ということになるのだろうか。

年齢でいうと、明らかに雪間さんの方が下だろうけど――いや、雪間さんの実年齢が全然わからないから判断し難い。

見た目はおよそ八千代と同世代の二十代中盤くらい。

けれど、三間さんに向かってその言葉使いを考えると――三間さんの年齢が三十六だから――いやいや、まさかまさか……。

雪間さんが三十六歳以上ってことはさすがにないだろう。

有り得ないというか、有り得てはいけない気がする。

需要は高そうだけれど。

「あたしは弟子には優しいんだぜ?三間もよく知ってるじゃねーかよ」

「麻由紀さんから教わったものは根性と体育会系の上意下達ですよ。生憎、僕はそういう根性論とか苦手ですから」

「恩を仇で返すってなら、あたしの弟子が黙ってねぇぞ、コラ」

「衛理くん、麻由紀さんの弟子になるくらいなら僕の下に就きなよ。実際、刑事課に推薦してあげてもいいけど」

「……えぇ、お気持ちだけで十分です」

 確かに、雪間さんの弟子になるか三間さんの弟子になるかの二択ならば、答えは明瞭だ。

けれど、そうじゃなくて。

そういうことじゃなくて。

殺人現場でこの二人はどれだけの余裕を有しているというのだろうか。

これも経験、場数を踏んだ回数なのだろうけど、それにしても殺人を日常的に捉えすぎているというか。

日常に入り込んだ異常――彼らの場合、異常を取り込んだ日常と言える。

「それで、捜査はどうだよ、三間警部」

「えぇ、第一発見者の警備員と職員室に残っていた二名の教員から事情は伺ったんですけど……どうも、ねぇ」

「ふぅん?歯切れが悪ぃな、何かあったのかよ」

「先ず、初めに死体を発見した警備員によれば教室は鍵がかかっていました。そして、その鍵は職員室にあって、使用された形跡がないんですよ。少なくとも、死亡推定時刻である午後七時にはこの教室の鍵はかかったままで、職員室で保管されていたようです」

「つまり、鍵のかかった教室内で殺人事件が起きたってことか?」

「そのようですね。外部で殺害した死体を運び入れた可能性も考え難いでしょう」

 二年四組の教室は校舎の四階に位置している。

教室の外で殺害した後、死体を運び入れるのは難しい。

そういうことだった。

「鍵の予備はあるんだろ?」

「えぇ、勿論。しかし、それも職員室で保管されていますね。持ち出されていないのは職員室に残留していた教員から聞いてます」

「ふぅん、そっか。また、密室ってことかよ」

 雪間さんは心底呆れたように、肩を竦めた。

三間さんもそれに相槌を軽く打って、同じように溜息を吐く。

 密室……?

 また密室……?

会社内殺人事件に続いて、また謎が多い現場になってしまっているのか。

鍵のかかった教室の内側での犯行――外部から運び入れたという線の可能性が低い以上、必然的に考えられるのは教室内で殺害したということになる。

そうなってしまう。

「完全下校時刻を過ぎ、教員もほとんどが帰宅した中、その日最後の巡回で警備員が発見したようですね。だからそもそも、生徒が学校内に残っていたこと自体が不思議というか、奇妙というか」

「この時間だしな。見つかれば下校を促されるの間違いねぇ。ってことは、こいつはどっかに身を潜めていたってことか」

「そう考えるのが妥当です。何のためにそんなことをしていたのかはわかりませんけど。籠目 紫、二年四組――素行の良い、優秀な生徒だったみたいですよ」

「そんな生徒が、ねぇ……」

「司法解剖でもしないと正確な死因はわかりませんが、まぁ外傷が首以外にないことから言わずもがなでしょう」

「外傷性ショック死か、失血死だろうな。生きたまま首を切り落とされたってなら前者になるか」

「他に目立った外傷はありませんからね。他に考えられるとすれば、急性心臓死とか、中毒死とかですけど。それで死んだ後に首を切った可能性もあります。それもこれも司法解剖待ちになりますが」

 籠目 紫は死んだ。

明確な死因はともかく、そんなことはどうでもよく、彼女が死んだという事実は揺るがない。

密室だとか、現場に謎が多いだとか、そんなことを考える以前に僕は頭の整理をするので一杯だった。

昼頃に大通りで籠目ちゃんと会話したばかりだと言うのに。

今日の今日で、こんなことになってしまうだなんて。

 『神宮司』が学校に来るかもしれない――という噂。

そのために籠目ちゃんはわざわざこんな時間に登校し、『神宮司』を待ったのだろう。

殺されるために。

存在を昇華させるために。

 もう見ることはできないのだ。

あの豊かな表情も、身振り手振りの大きい反応も、急に大人びる間隙も、他人の表情を読み取って口癖のように最後に加えるあの言葉も――もう聞くことも見ることもなくなってしまった。

別に、特別な情を彼女に対して抱いているわけではない。

二度の会話しか経験していないのだ、言ってしまえば、顔見知り程度の関係だったはずだろう。

けれど、その程度の関係性にしか過ぎない籠目ちゃんが死んだということに、どうしてか僕は複雑な感情に駆られてしまう。

陥ってしまう。

それはきっと彼女もまたある種の、『神宮司』とはまた違う異常性の一面を有していたからなのだろう。

それに引かれて、惹かれたのかもしれない。

見せて、魅せられたのかもしれない。

顔も名前も知らない他人が死ぬのはともかく、大学内で殺された教授と比べてみても圧倒的に彼の方が親しかったはずなのに、それなのに僕は籠目ちゃんにそれ以上の弔いの念を抱いている。

他人の死を悲しみいたむ――それは僕にとっては珍しいことだった。

何より残念なのは、彼女の顔が見れないということに尽きるのかもしれない。

だからこそ、余計にそんな情を抱いてしまうのかもしれない。

 顔。

 籠目ちゃんの表情。

 それがもう、ないのだ。

肩の位置で綺麗に水平に切られた矮躯だけでは最早本当に籠目ちゃんなのかどうかさえわからないのだから。

 ……ん?

 顔がない?

「……えっと、そう言えば、切られた首はどこにあるんですか?」

 僕は三間さんに訊く。

辺りを見回しても、現場には切られた首が見当たらなかった。

「ないんだよ。どこにも」

「ない……?」

「犯人が持ち去った可能性が高い。今は辺りを調査しているところだけど、見つかるとは思えないよ」

「それはどうしてですか?」

「首をわざわざ切り落としたということと、持ち去ったということはどう考えても何らかの意図が絡んでいるはずだよ。それを近辺に捨て去るのなら、わざわざそうまでした行為が徒労になるだろう?」

 なるほど。

 納得。

首をわざわざ切り落として、持ち去った理由――か。


「本当にこの死体って、籠目 紫なんですかね……」


 僕は独り言のような口調でそう呟いた。



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