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外れた世界で少年は。  作者: 三番茶屋
17/36

八千代 真伊の場合

 日付は変わり、まだ春の余韻を残す肌寒い風が訪れる六月十三日。

六月八日に僕を襲った事件から五日――連続殺人事件が起きてから二日。

狂気に満ちた殺人鬼の魔の手にかかった被害者、並びに犠牲者は僕を含めて八人までに及ぶ。


 六月八日、僕こと南名 衛理。

 六月十一日、樋野 瞳(ひのひとみ)籾月 慶志(もみつきけいし)

 六月十二日、守名 三上(かみなみかみ)津乃 大城(つのおおき)大道 浩史(おおみちひろし)鳴尾 伊吹(なるおいぶき)円賀 井伊春(つぶらがいいはる)


 はっきり言って、異常だ。

言わずともわかるほど、異常だ。

四十八時間という短い間に七名が殺害されたのだ、これを異常と言わずして何と言えばいいだろう。

まるで局所を狙った自然災害のようだ。

しかし、どれも自然災害とは程遠い――間違いなく、百人中百人がそう答えるだろう、殺人事件だと。

規模を拡大しても、千人中が千人、いや、万人中が万人そう答えるはずだ。

 けれど、僕は思う。

 確かに、間違いなく紛れもない連続殺人事件だろうが、それらは本当に『神宮司』という都市伝説染みた殺人鬼によるものなのだろうか。

別に『神宮司』の曖昧な存在を否定しているわけではなく、それを言うなら、現に『神宮司』と名乗る人物に遭遇している僕からすれば人並み以上に彼らの存在を信じている。

信じていると言うか、既にその存在を知ってしまっている。

既知の事実と自分の眼を疑うわけにもいくまい。

 ただ――

 病室で僕を襲い、公園で雪間さんに一蹴された『神宮司』は果たして何者だったのか、そんな疑問がいつまでも後を付き纏うのだ。

解明しようにも、困難なのだ。

雪間さんにより連行された彼――彼女の身元は未だに判明していない。

彼女が『神宮司』なのか、そうではないのか、それすらも特定するに至っていなかった。

六月十一日に起きた繁華街の通り魔事件と大学内殺人事件のいずれか、或いは両方に関与しているだろうと疑いをかけている警察機関だが、それを裏付ける証拠はなかったのだ。

 仮にもし、あの時に僕を襲った彼女が『神宮司』だったとしよう。

そうするとどうなる――翌日、六月十二日の殺人事件の内どちらかが『神宮司』による犯行だと疑うことができなくなってしまう。

どちらかが『神宮司』によるもので、どちらかが全く別の犯人によるもの。

そういうことになってしまう。

 果たして、そんなことが考えられるだろうか。

二日連続して起きた殺人事件なのだ、関連性があるのは間違いないはずだろう。

間違いないはず、だからこそ計四つの殺人事件には関連性があった――共通性があった。

殺害現場にも、殺害方法も。

二日連続した四つの殺人事件の共通性は語るまでもないだろう。

共通性があるということは、つまり、同一犯の可能性が高いということだ。

 それなのに。

 それなのに、こんなにも混乱してしまう。

 わけがわからなくなってくる。

 事件解決への糸口を見つけることはおろか、糸すら見えてこない。

犯人の意図すら、僕には見えない。


「昨日の通り魔事件だけど、あれはやはり、麻由紀の言う通り、通り魔によるものではなかったよ。恐らく、違う場所で殺害して運んだのだろう。死体を検分して明らかになったが、死亡推定時刻を考えても、やはり間違いないようだ」

 僕と八千代は日頃から頻繁に通う喫茶店でいつものように、いつもの席に着いていた。

 八千代は四季に関係なく、いつもアイスコーヒーを飲む。

家でも喫茶店でも。

それについて僕がとやかく言って、わざわざホットコーヒーを勧めるわけではないけれど、それにしても八千代の飲み方はかなり汚かった。

それについてはとやかく言いたい。

ミルクとシロップは辺りに撒き散らすし、ストローを(くわ)えたまま手遊びならぬ口遊びをするので、雫も飛び散る。

ストローの先から垂れ落ちる雫(恐らく、半分は彼女の唾液だろう)を裾で拭き取り、そしてまた子供のように繰り返す。

普段は泰然としているけれど、時折見せる子供のような言動に僕は呆れを通り越して胸が高鳴ってしまう。

いや、それはおかしいけれど。

まぁ、何が言いたいかと言うと、その間隙(かんげき)が僕にとってはかなりツボだった。

「ふぅん……ってことは、通り魔事件じゃなかったということか」

「そうなるな」

「……ん、ちょっと待てよ、八千代。それなら一昨日に起きた二つの殺人事件との共通性がなくなったってことじゃないか?」

「ははっ、どうだろうね?」

 八千代は白い歯を見せて誤魔化したが、その表情を見る限り、どうやら何を知っているみたいだ。

伊達に短くない期間を共にしていない。

八千代の表情から心情を読み取るのは慣れてきた。

まぁそれでも、わからない時は全くわからないのだけれど。

「なぁ、少年。君は昨日の通り魔事件の現場を見ていないわけだが、その上で訊こう。わざわざ別の場所から死体を運ぶことに何の意味があると思う?」

「何の意味って言われてもな……」

 そんなの知るか、である。

犯人の意図なんて、結局わからないのだ。

最初から最後まで。

それの行き着く先は、どうして殺人なんて真似をしたのだ、である。

とは言っても、『そんなの知るか』では推理にならないので、僕は思考する。

小さな脳を使って、考える。

「何かを隠すため、もしくは、何かに見せるため、か」

「そうだね。この場合、最も奇妙と言えるのは、どうして犯人はその場凌ぎにしかならないと理解した上で通り魔殺人事件に見せたのか、ということだ」

「その場凌ぎ……」

「死亡推定時刻なんざ司法解剖するまでもなく専門家が見るだけで割り出せるのに、どうしてそんな手間をかけたのか――どうしてそんな面倒な手順を踏んで、通り魔殺人に見せたのか」

「…………」

 僕は沈黙する。

その沈黙は八千代の言葉がてんで理解できないという意味ではなく、むしろその逆だった。

「殺害過程や殺害現場はともかく、犯人は自らの意思で通り魔殺人に見せた。いや、見せたかった。それがすぐに露見する浅はかな工作だと理解して尚、その行動を取った。死亡推定時刻がどうとか言う以前に、死体は通り魔事件にしては有り得ないほど損傷していた。それなのに関わらず、犯人はアリバイを自作するわけでもなく、容疑者から外れるためでもなく、意味があるとは思えない手間をわざわざかけたのだ」

 八千代は続ける。

いつにも増して饒舌に。

「もっと簡単に言おうか。一見、まるで意味のない手間をかけた犯人だが、わざわざそんな行動を取ったことには勿論、相応の理由があるはずだろう。それは何か――」

「…………」

「一昨日の通り魔事件の続きだと、そう見せたかったのではないだろうか」

「一昨日の――通り魔事件」

 二日連続した通り魔事件だと、犯人はその形を維持するためにわざわざ死体をどこからか運び、そう見せたというのか。

いや、待てよ。

だったら、そもそもその行動の意味は何だ。

どうして一昨日の通り魔事件が継続しているように工作したのだ。

その必要性があるとは思えない。


「『神宮司』による殺人事件が二日連続した。私たちは実際、そう思わされたのではないか?」


「――っ!」

 そうだ。

 そうなのだ。

 僕たちはいつからか、連続した殺人事件の全てを『神宮司』によるものだと仮定していた。

確かな証拠があるわけでも、確証を得たわけでもない。

だからこそ、僕たちはそれらが『神宮司』による犯行だと考えていた。

捜査が一転しないのも、難航するのも、『神宮司』によるものだからだと捉えていた。

 都市伝説染みた、存在すら疑わしい殺人鬼――『神宮司兄妹』。

数々の難解な事件を残し、迷宮入りを余儀なくする犯行手口。

その《(いわ)く》が僕たちの視野を狭めていたのだ。

 いつ誰が、どこでどんな証拠を持って、『神宮司』の犯行だと決めたのだ。

昨日の会社内で起きた殺人事件が《密室》を形成していたのも。

全部。

全部、全部、全部。

僕たちが勝手に断定して、形成したものではないか。

「昨日の通り魔事件の犯人がどうしてそんな手間をかけたのかは理解できただろう。まぁ、仮にも推理の域だがね。本当のところは誰にもわからないさ。しかし、的外れかと言えば強ちそうではない。だからこそ、これは筋の通った、信用性に足る立派な推理だと言えよう」

 そして――と八千代は続けた。

「原点回帰、どうして犯人は『神宮司』による犯行だと思わせたかったのか。どうしてそんな錯覚ならぬ勘違いを起こさせたかったのか」

「それは……」

 籠目ちゃんのように、『神宮司』に憧憬を抱く者が少なからず存在するから、だろうか。

いや、だとしても人を殺すなんて真似が簡単にできるとは思えない。


「それはつまり、一昨日の事件――六月十一日に起きた二つの殺人事件が本当に『神宮司』によるものだったから、だとは思わないかい?」


 八千代は再び白い歯を見せて、幼さの残る笑みをこぼした。

僕は自然と見入ってしまう。

魅入ってしまう。

「……そうかも、しれないな」

「しかしそうなれば、そう考えるならば、自然ともう一つの問題が浮上してくるわけだ。どうして『神宮司』の犯行が連続したように見せたのか、だ」

「うーん……」

 僕は唸る。

それは八千代の解答を待つ意味を含んだものだった。

「『神宮司』の神格化は根深く、根広い。崇拝対象としている輩だって少なくない。そんな御伽噺に登場するような殺人鬼に興味を抱く者なんて数知れずだ。それを踏まえて考えるなら、到底理解できなくもない」

 都市伝説のように扱われきた『神宮司』がさらに神格化するために、ということか。

御伽噺に殺人鬼が登場するというのはいささか考え難いけれど、まぁ、確かに理解はできる。

僕も似た経験をしたのだ。

籠目ちゃんの口から初めて『神宮司』という存在を聞かされ、情欲を駆り立てられたのを覚えている。

《神の鉄槌》――『神宮司』を崇拝する不敬者からすれば、そんな風に見えるのだろうか。

「そうだ、八千代。話は変わるけれど、ずっと気になってたことがあったんだよ」

「……急だな、どうした」

「昨日の会社内で起きた事件って、第一発見者は誰だったんだ?外からじゃ絶対にわからない構造になってるはずだけど――入社履歴を見ても他の社員が発見したわけでもなさそうだし」

「あぁ、確か通報があったらしいぞ、一般人から」

「一般人……?」

 また奇妙な言い方だ。

「聞くところによると、会社とは何の関係性もない人からの通報だったらしい。学生、だったかな?女子学生だ。窓の外から見えたらしいよ、鳴尾 伊吹の死体が」

「窓の外からって見えたって……」

「第一発見者を第一に疑うのは捜査の鉄則なるぬセオリーだけどね。けれどこの場合、入社履歴を見て明らかなように、犠牲者以外は誰も会社内に入っていないのだ。だから早々に容疑からは外れたよ。まさか麻由紀のとんでも推理が実際にあるわけではあるまい。まぁ、その学生が六階の窓から侵入したとしても、一階の円賀 井伊春はどうしたって殺害できないからね」

 まぁ、確かにその通りだろう。

 うーん……。

「…………」

 学生?

 女子学生?

 六階の窓?

 いやいや、まさかね……。

「まぁ、あの事件に関しては、誰も殺されていないのだから殺人犯はいないということだ。誰も、殺害されていないのだからな」

「……?」

「とは言っても、殺人犯がいないわけではないのだがね。ははっ」

 八千代は白い歯を見せることなく、真剣な表情を保ったままだった。


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