08.魔物が攻めてきたのです
そろそろ夕方になろうかという頃合いのオヤーチ村。街道を往き来する宿泊予定の旅人や商隊が、ぞくぞくと村にはいってくる。魔物の目撃情報を確認するためパトロールに出ていた三人小隊の騎士が村に帰還したのも、同じ頃だった。
村の近くに、大型の魔物が出現した痕跡がある。
彼らは、その事実を村に駐屯する騎士団の団長と村長に報告。即座に、街道沿いの巡回の強化が決定され、夜間の外出を控えるよう村民と宿泊者に指示が出された。
そして、山狩りの日時を明後日と定め、アーツベツの都の騎士団本隊に応援を求めるための早馬が出発しようとしたまさにその時、騎士達は、事態は彼らの予想を越えた速度で進展していたことを知る。
一台の馬車が、通常ではありえない速度で、街道を走る。村の入り口の門までまったく減速なし。猛スピードのまま突っ込んでくる。
一日数本往復している、アーツベツからの乗り合い馬車だ。おもに単独の商人や旅行者が利用するもので、これが今日の最終便だろう。
しかし、どうみても様子が尋常ではない。しかも、かならず二台一組で走るはずの馬車が一台だけ。乗り心地も馬の疲労も完全に無視して、まるで何かから逃げてきたように……。
「た、たいへんだ!」
馬車は村に飛び込むと、往来の真ん中で停車した。直後、御者がころがるように馬車を降り、村人に助けを求める。
「魔物だ! 街道に魔物がでた。大型のブタ人間だ。十頭以上のブタ共の群に馬車が襲われた。追跡されている!!」
襲われた他の馬車の客を強引に拾い上げて来たのか、馬車の中はけが人が積み重なり、血だらけの惨憺たる状況だ。
「医者を呼べ。門を閉じろ! 騎士団を呼べ」
門の向こうから、ヒト型の大型生物が村に向かってくるのが見える。
醜い顔の二足歩行生物。それは、人間よりも大きなブタだ。あわせて十頭ほどのブタ人間の群が、剣を振り回しながら村に迫っているのだ。
村人と逗留中の旅人達は、一瞬にして大混乱に陥った。
通称ブタ人間。それは、まるでブタそっくりの醜い顔の魔物だ。濁った目、上を向いた鼻、だらしなくよだれを垂らした口、そして牙。野生生物よりは賢いが、知性や理性とよべるものはほとんどない。偉大な先史文明人のつくりだした生き物の中でも、唯一の失敗作と言われる醜悪きわまりない生き物。だが、その二メートルを超える筋肉と脂肪の塊である肉体は、人類にとっては大きな脅威だ。
村の外から来ている商隊の連中が、迫るブタどもに対して護身用の銃を向ける。しかし、引き金を引いても、何も起こらない。
「俺たちに任せて、逃げろ!」
騎士団が、剣を構えながら民間人の前に立ちはだかる。
「今日は星の配置も風向きもよくない。やはり銃は使えないか……」
ドラゴンや巨人などならともかく、人類の英知の結晶ともいえる『火薬銃』さえ使えれば、こんな中途半端な大きさの魔物など、どうということはないはずなのだ。実際、銃が使えるアーツベツの都近郊や帝国本土では、大型の魔物はほぼ完全に駆逐されてしまっている。
「この村は、もともと『精霊』達がたくさんいて、火薬も蒸気機関も使えない日の方が多い。だからこそ大国からの侵略を受けず、交易の要所として発展してきたのだ。あきらめろ。銃などに頼らずとも、俺たちには伝統的な剣があるじゃないか!」
「民間人は建物のなかに入れ! 騎士団、いくぞ!!」
あわてふためく人々を尻目に、自治領を守る騎士団達が剣を片手に魔物達にむかっていく。
「ブタ人間なんて、山奥の遺跡付近にしかいないと思ってた。いったい何のために人里にでてきやがったんだ?」
若い騎士が、叫びながら突進してくるブタの前に立ちふさがる。
巨大なブタの剣が、上段から振り下ろされる。剣は手入れされていない。ところどころ錆がういている。しかしこれだけ巨大な剣をくらえば、人間の肉体はただではすまないだろう。……あくまでも、剣があたれば、であるが。
「身体がでかいだけのブタ野郎の剣が、あたるかよ」
騎士は、半身をひねり初撃を紙一重でよける。力任せの攻撃など、日頃から剣による戦いを想定し鍛えている騎士達には通用しない。
「しかも、こんな剣と鎧で武装してやがる。こいつらに知性や文明なんてあったか?」
力余ったブタが半回転。一瞬、相手を見失う。その隙に、後ろから女騎士が、ブタの腹を剣で突く。
突き刺された激痛のため、何がおこったのかわからないままブタは混乱している。
さらに、ヒゲの騎士が背中から斬りつける。三人一組による、みごとな連携。たとえ銃がつかえなくても、騎士達はブタ人間を一頭づつに分断、集団でとりかこみ一頭づつ確実にかたづけるのが、彼らの戦法だ。
目の前で狂ったように剣を振り回すブタに向け、若い騎士が剣を振りかぶる。
彼のつかう剣は、他の騎士とはちがう。片刃で細身の剣が、袈裟切りにふりおろされる。
「俺の剣を受けてみろ!」
一閃。
哀れなブタの肉体が、簡単な鎧ごと叩き切られる。吹き出す血柱。肉体が肉塊となり、轟音と共にその場に崩れ落ちる。
へっへ。見たか、俺の剣を
「貴様のその剣、官給のものではないのだな」
「ええ、魔物相手ということで使ってみました。我が家の家宝らしいですよ。騎士団に入団が決まったとき、オヤジから記念にもらったんです」
「おまえの家の家宝ね……、さぞや名品なんだろうな」
「嘘か本当か、神話の時代から我が家に代々伝わるものらしいですよ。先史魔法文明人の遺物で魔導器だとか。たしかに斬れ味だけは一級品です」
周りを見渡せば、他のブタ共もほとんど倒されている。しかし、騎士達は息もきらしていない。無駄話をする余裕があった。
人間をはるかに凌駕する腕力をもち、しかも武装しているブタ人間の十頭以上の集団は、たしかに脅威である。火薬銃や魔法なしでは、民間人が百人居ても絶対に勝てないだろう。
しかし、オヤーチ村には領主直属の騎士団が駐留していた。合計三十名ほどだが、彼らは、村の治安、付近の街道の安全の確保を任務とする、戦闘のプロだ。
ここ何年も、彼らの仕事はほとんどが盗賊や犯罪者への対応だった。大型の魔物への対応など、十年ぶりかもしれない。だが、ブタ人間程度の力と知能の魔物がバカ正直に攻めてきたのに対応できないようでは、騎士団の名がすたる。普段の彼らは、もっと凶悪な傭兵崩れの盗賊団や、帝国や王国の情報部に雇われたプロの工作員を相手にしているのだ。
「村に侵入を許したのは何頭だ? のこりはどうした。被害状況は!」
「ほとんど倒したはずです。三頭ほどが山の方向に逃げたのを確認。被害は、破壊された家屋が数棟。馬車の旅行者と村人に死傷者が数名でています」
くそ。たかがブタに。
ヒゲの隊長はひとつ舌打ちをする。油断とはいいたくないが、不意打ちに対応しきれなかったか。
「また襲ってくる可能性がある。周囲の警戒を緩めるな。それと、数名で街道沿いを偵察にいけ。他の被害者や逃げ遅れた旅人がいるかもしれん」
隊長が、周囲の騎士達に檄をとばす。
「騎士団長と村長はどこだ? はなしがしたい」
とりあえず、村を守る戦いはおわった。これからは、後始末だ。
犠牲者がでたのに気を緩めるわけにはいかないが、それでも一息ついて今後のことを考える。やつらは、いったい何の目的で……。
「ノース、ノースはどこ?」
隊長がいるのは、村の中心の広場だ。そこに、女性がひとり駆けてきた。周囲の騎士に対して、大声で叫んでいる。
あの半狂乱の女性を、隊長は知っている。村長の奥さんだ。
「奥さん、おちついて! いったいどうしました?」
「うちのノースが、娘がいないのよ! 山にキノコ取りにいったきり帰って来ないの!」
ノース? ついさきほど山であった少女のひとりか。
……まさか。
隊長の背筋に冷たい物がはしる。
「逃げ出したブタ共は、どちらの方向にいったのだ?」
ひとり騎士が街道の向こうを指さす。ついさっき、少女達と会った方向だ。
ああ!
女性が、両手で顔を覆う。
「……た、たすけて、たすけて、おねがい、たすけて、たすけて」
隊長の肩にすがる。くるったように、頑強な騎士の肩をゆする。
「騎士様! 助けて、お願いです、ノースを助けて、おねがい!!」
村長の奥さんの大声を聞きつけ、別の女性も広場に駆け込んできた。そして、騎士に詰め寄る。オウル亭のおかみさんだ。
「う、うちケイちゃんとユージ君もいっしょなの。ああ、キノコ取りなんて行かせなければよかった。お、おねがいです、ふたりを、うちの子達を助けて!」
おかみさんが、隊長の足元に泣き崩れる。
ちいっ。 隊長は、ふたたび舌打ちをする。なぜ、そこまで気が回らなかったのか。
「大丈夫、きっと隠れています。すぐに助けに行きますから、安心してください」
そう、悔やむのはあとだ。まだ可能性はある。
「キリノ!」
「はっ」
隊長の直接の部下である若い騎士が、飛び跳ねるように返事をする。
「ノナトと共に、お嬢さん達を保護しに行け。さっきの場所からまださほど離れてはいないだろう。今すぐにだ」
「はっ」
小隊の若い騎士と女性騎士が、弾けるように村の外にむけてはしりだす。武装しているにもかかわらず、全速力だ。
無事でいてくれよ。
2014.04.05 初出
2014.04.05 前書きと後書きをまちがえていたようなので修正




