05.キノコを採りに行くのです
「ええ? ケイちゃん、もう掃除と洗濯おわったのかい?」
ある日、店の仕事が終わったことを伝えると、おばさまは大げさにおどろいてくれました。
私は、だまってうなずきます。今はちょうどお昼頃。朝飯の喧噪が過ぎたお店は静かです。
この世界は、いえ、山奥にある小さなこの村だけかもしれませんが、残念ながらあまり文明が発達しているとはいえません。
この村の近郊は、千年前にユージ君達が大気中にばらまいたテラフォーミングシステム、通称「精霊」達が、今も先住生物たちの文明を監視しています。例えば火薬の爆発や高温の燃焼など危険な化学反応を見つけると、強制的に抑制してしまうのです。
だから、アーツベツの都では普通に使われている蒸気機関や火薬銃なども、この村では動きません。
この国は、交易の中継点として大儲けしているため、食料も衣料もその他消費財もあふれるほどあるのですが、生活の基盤となるインフラの発達はいまひとつなのです。
というわけで、村には水道なんてありません。洗濯は川、飲料水には井戸水を汲んできます。もちろん掃除は箒にはたきに雑巾がけ。オウル亭はあまり大きな店ではありませんが、それなりに体力は必要です。おばさまももう若くはありませんから、必然的に、それらは私のお仕事になっているのです。
ちなみに、火薬や蒸気機関などの文明の利器が利用できる地域と利用できない地域があることについて、この世界にもとからいる住人達はまだその原因を解明できていません。まぁ、自己増殖機能やら分子アッセンブラー機能をもったナノマシン達が文明を監視しているなんて、彼らの文明レベルでは思いも寄らないでしょうねぇ。
その精霊達をばらまいた先史文明人のひとりであるユージ君は、店の中で昨日の売り上げの計算と帳簿つけをしています。商業のさかんな国といっても、あの年齢で読み書き計算が完璧な子はあまりいないらしいですね。さすがユージ君。『姉』として、私も誇らしいです。
とはいっても、もともとのユージ君の年齢と立場を考えれば、その程度できて当たり前なんですけどね。
おばさまは、ご近所おばさま達との世間話に花が咲いている最中です。
「あいかわらず仕事がはやいねぇ。ケイちゃんが来てくれてほんとうに助かるわ。夕方の開店まで休んでていいよ」
「では、ユージ君といっしょに山菜やキノコをとりにいってきます」
山に行くのは好きです。ユージ君と二人きりになれるから。
おじさまやおばさまに拾ってもらったご恩は、一生かけて、命をかけて返すつもりです。でも、やっぱり他の先住生物達、……いえユージ君以外の人間と会話するのはちょっと苦手です。最低限の営業スマイルや営業トークならなんとかなりますが、心から親しくするのは難しいのです。
私はひとつ御辞儀して、その場を去ろうとしました。が、……お話付きのおばさん達は逃がしてはくれません。
「ケイちゃん、また酔っ払いをぶちのめしたんだって?」
村長さんのおばあ様です。田舎というのは噂が広がるのが早いですね。
「お騒がせして、申し訳ありません」
「全然かまわないさ、ただ危ない真似はよしておくれよ。チンピラならいいけど帝国の傭兵くずれとかならあぶないからね」
「そうそう、どうせ酔っ払いなんだから、きゃーっとかわいらしく悲鳴でもあげて逃げればいいのに」
ああ、おばさまたちが、私を話の種にしはじめました。これは長くなりそうです。
「わたし、かわいげがないから、そういうのは……」
私はもともと実験助手です。いわゆる女性的な仕草はあまり得意ではありません。
「なに言っているの。ケイちゃんそんなにかわいいのに」
「別に性格を変えろなんていってないよ。自分でぶちのめすんじゃなくて、バカな男どもを利用すればいいのさ」
「そうそう、ケイちゃんみたいな可愛い子が悲鳴あげれば、まわりの男が助けてくれるから。騎士団の連中なんてまっさきに駆けつけるさ」
「ケイちゃん、もてもてだものね」
「……キ、キノコ採りに行ってきますね」
話が変な方向に向かってきたので、さっさと逃げ出すことにしましょう。
「ケイちゃん! 最近は魔物も盗賊もほとんどでないけど、騎士団が巡回している街道からは離れるんじゃないよ。それから、うちの娘もキノコとりに行くって言っていたら、いっしょに連れて行っておくれ!」
私は、両手それぞれ児童と手を繋ぎ、三人で街道を歩いています。右手にはユージ君、左手にはノースちゃんです。
ノースちゃんは、村長さんの娘。小学校ではユージ君のお隣の席に座っているという、茶色い髪に茶色の瞳のよくしゃべる可愛らしい十歳の娘です。
児童ふたりは、山菜やキノコをいれる籠をかかえています。オウル亭に限らず、オヤーチ村の名物は山の幸ですから、山菜やキノコ採集は、主に女子どもの重要なお仕事なのです。
私は、先住生物の大人は苦手ですが、相手がこどもだと思えば普通に話すこともできます。
「ねぇねぇ、ホベ先生って、絶対ユージに気があるわよね」
「アホか。そんなわけねーだろ」
「だって、いつもユージの事みてるもん。あんな胸のでっかいだけの女に負けるわけにはいかないわ!」
言うやいなや、ノースちゃんは私の手を離します。そして逆側に移動すると、強引にユージ君の手を繋ぎます。べたべたしやがります。
……前言撤回。やっぱり先住生物は嫌いです。とくに子どもの雌。
「ユージ、あなた、難しい計算ができるんでしょ? 私にも帳簿の付け方教えてよ!」
「ノース、おまえ来年から都の学校にいくんだろ? いま習わなくてもいいんじゃないか」
ノースちゃんは、勉強が大好きなので、先生に推薦をもらって都の高等学校に入学することがきまったそうです。
「私はこのオヤーチ村の村長の娘よ。都に行って恥をかくわけにはいかないわ。それに、……私はユージに教えてもらいたいのよ、都に行く前に」
ユージ君も、そんな小娘にひっつかれてまんざらでもないという顔をしない! あなた、ロリコンだったのですか?
強引に、話題を変えましょう。
「ノースちゃん、『魔物』というのは、どんなものなんですか?」
実をいうと、さっきのおばさんの一言が、ずっと気になっていたのです。
「ケイお姉ちゃん、魔物知らないの? もともとこの世界で進化してきた生き物じゃなくて、神話の中の先史文明人が精霊魔法でつくりだしたと言われている生き物たちのことよ」
「え、ええ。ごめんなさい。私、世間しらずなもので」
『先史文明人』が『精霊魔法』で作り出した生物ですか……。
「そうよ。厳密に言えば、先史文明人に人の形と知恵を与えられた私たち人間やエルフも『魔物』といえるのかもしれないけど、一般的には人間に危害を加える者を魔物というわ。このへんに出てくるのは、ウサギの親分みたいなのが多いわね。そんなに強くないけど、それなりに頭もいいし、油断すると人間もやられちゃうことがあるの。昔は、このあたりにも人間よりでっかいブタみたいな恐ろしい連中がでたらしいけど」
『魔法』で生み出された、『ブタみたいな連中』……。
実をいうと、ちょっと思い当たる節がないこともありません。やっぱり、……アレですかね? ユージ君に目で合図をおくると、だまって頷いてくれました。やっぱりユージ君も同じ者を想像していましたね。
「……あれが、まだ生き残っていましたか」
「ブタのこと? 大昔はこのあたりにもたくさん居たらしいわ。でも領主様が街道沿いの整備に力をいれて騎士団を派遣して以来、ここ数十年はほとんど出ないってお父さんが言ってた。それに、もしでてきてもケイお姉ちゃん強いから平気よね」
「ええ? 私は軍用ではありませんから。さすがにあの筋肉と脂肪の化け物が相手では、ウェイトの差がありすぎます。武器がないと無理でしょうねぇ」
「そんなことないわよ。ケイお姉ちゃん、軍人さんや騎士様よりも、強くてかっこいいもん。ブタくらい、蹴りで吹き飛ばせるわよ。ねっ、そうでしょ」
そ、そうですか? かっこいいといわれてイヤな気はしませんね。
そんなたわいもない話をしながら、私たちは街道をはずれ、獣道を奥まではいっていきました。この先に、山菜やキノコの穴場があるのだそうです。
金属の音をさせて獣道を進む、三人の重装備の騎士達。
「これは……」
そのうちのひとりがしゃがみ込み、下草を調べている。
「大型の二足獣が通った跡ですね。数は、……十くらい?」
「オヤーチ村の村人達ではありませんか? このあたりは山菜やキノコ採りの穴場ですし」
「いや、……アレを見ろ」
ヒゲの騎士が指さす方向にあるのは、小型の獣の死体。シカとしてしられる草食獣が、引きちぎられた跡だ。あきらかに、何者かによって食い荒らされている。
「昨晩ですね。……目撃証言どおり奴らだとしたら、街道の近郊に出現するのは十年ぶりくらいですか」
「そうだな。念のため都の本隊に応援を要請しよう。山狩りは、早くて明後日というところか」
「村長や組合から文句がでますよ。騎士団はなんのため村に駐留しているのか! ってね」
「逃亡した犯罪者の追跡ならともかく、魔物あいての山狩りなんてここ何年もなかったからな。準備に時間がかかるのも仕方がない。とりあえず、村に帰って村長に連絡だ。まさか昼間から人通りの多い街道沿いにはでてこないだろうが、夜は村から出ないように警告が必要だな」
たった数十年前までは、この街道にも危険な獣や魔物が出没し、旅人や商隊を脅かしたものだ。しかし、人や物資の通行量が激増し、街道の重要性が増すにつれ、街道の整備が進み、治安維持が強化された。結果として、最近はよっぽど山奥に行かないかぎり、魔物などにお目にかかることはない。
魔物か。盗賊などとはちがう相手。腕がなるぜ。
「きゃああああ」
悲鳴? こんな山の中で、確かに女性の悲鳴が聞こえた。
「こっちだ。近い」
身体が自動的に反応する。騎士は、民間人を守るのが仕事なのだ。
2014.04.02 初出