04.弟は小学生なのに女たらしなのです
「いってしまうのですね」
「ああ」
「離れたくありません」
ケイが泣きながらすがりつく。俺は、ちからづくで振りほどく。
「離れると言っても、たった半日。しかも学校は目と鼻の先だ」
私とユージ君は、冬眠中もずっといっしょでした。
極低体温に保たれ、すべての生命活動を極限まで減退させて冬眠するユージ君。その側で、私も身体活動を省エネモードに縮退し、ずっといっしょに寄り添って寝ていたのです。
とはいっても、私の人工知能だけは最低限の機能を保ち、基地の人工知能とリンクして常にユージ君のすべてをモニタしていました。数年に一度だけ肉体を起動して、寝ているユージ君の顔をみるのが、何よりも楽しみでした。
そして、眼をさましてこの村に来てからも、二人は離れたことはありません。二十四時間四六時中、文字通りずっと一緒にいたのです。
なのに……、この村には小学校というものがあります。そして、ユージ君は、見た目だけは小学生です。本当の年齢を言っても、村で暮らしにくくなるだけです。すなわち、一週間に三日、それも午前中だけとはいえ、ユージ君は小学生として、登校せねばならないのです。なんとも理不尽なことですが。
ここ、オヤーチ村のあるアーツベツ自治領は、商売で成り立っている小さな国です。交易以外の産業は、農業も工業もほとんど何もありません。そして、この世界を支配する覇権国家、帝国と王国という超大国ふたつにはさまれて、あやういバランスの上になりたっている国です。要するに、地政学的な価値を最大限に活用して、交易で儲け、豊富な財力でかろうじて自治権を保っている国なのだそうです。
言い換えれば、アーツベツ自治領の資源は人しかありません。ですから、国民の教育には、とても力をいれています。こんな山の中の小さな村にまで、公立の小学校が設置されるくらいなのです。
ユージ君の通う学校には、都アーツベツから専門の教師が派遣され、最低限の読み書き計算能力と、歴史や地理、科学の基礎が教えられているそうです。優秀な子には、アーツベツの高等学校への入学の資格が与えられるらしいですね。
まぁ、学校と言っても、村のお子様達が集会所にあつまって授業をするという、昔の寺子屋みたいなものなんですけどね。
「おはよー」
「おはよー」
俺は、小学校に登校してきたところだ。村の集会所の入り口で、同級生のお子様たちと挨拶だ。
田舎のお子様達は、無駄に元気がよい。せいぜい人口数百人の村なんだから、子ども達はほぼ毎日どこかで顔をあわせているはずなのに、それでも学校で会えればそれはそれで嬉しいのだな。でも、中身が三十路の男としては、彼らのテンションにあわせるのはなかなか疲れるのだ。
「おはよー、ユージ」
「おはよ、ノース」
ノースちゃんは、村長さんのうちの娘。茶色い瞳、茶色い髪をおさげにして、よくしゃべる可愛らしい十才の娘だ。
「ちょっと、ユージきいてよ。うちのお父さんったらね、……」
席に着くなり、たわいもない会話がはじまる。どういうわけか、この少女に懐かれてしまったらしい。話を合わせるのはなかなか難しいのだが、こんなおしゃべりをだまって聞いているのは嫌いじゃない。まぁ、俺としては適当に相づちをうっているだけなのに、ノースちゃんはそれなりに満足しているようだ。女という生き物は、どこの世界でも同じなのだなぁ
「ユージ、あなたアーツベツの都に行ったことある? 私はお父様と一度だけ行ったわ。街には高い建物ばかりだし、港には大きな蒸気船がいっぱいいて、街の人々はみんなおしゃれで綺麗で、なんでも売っていて、もう、本当に素晴らしいところなんだから!」
本当にころころと話題がかわる。それにしても、蒸気船か……。
この村の近郊は、火薬の爆発や石炭などの高温の燃焼の化学反応は抑制されている。俺たちが千年前に大気中にばらまいたテラフォーミング用のナノマシン達、通称『精霊システム』が、分子アッセンブラー機能をつかって先住生物達の文明を制御しているのだ。制御しているはずなんだが……、アーツベツの都あたりでは、『精霊』の影響もないのだな。
『精霊』の影響がない地域では、先住生物たちの文明は産業革命の後くらいのレベルまで進歩しているようだ。ちょっと賢いだけの類人猿だったのに、自力でここまで科学技術を発展させるというのは、たいしたもんだなぁ。
「私、はやくこんな文明とは無縁の田舎の村なんか出て、都にいくわ!」
まぁ、わかい女の子としては、そう思うのも当然だろう。俺は、のどかで平和なこの村がいいけどな。
とりとめのない話をしているうちに、教室に先生がきた。先生といっても、村の学校には二人しかいない。校長の爺さんと、若い女教師だ。
女教師は、ホベルッチさんという。この春、都から派遣されてきた、眼鏡の似合う金髪の若い先生だ。主に、理科や数学を担当している。
「……みなさん、太陽や夜空の星が一日に一回転するのはなぜだと思いますか? この大地がまわっているからなんですよ」
時間割なんてまったく気にしていなかったが、今日はホベ先生による天文の授業だったらしい。
ホベ先生が、ボールみたいな球をふたつ両手に持ちながら、お子様達に向かって惑星の動きを必死に説明している。その一生懸命な姿は、俺の目から見てもなかなか微笑ましい。天文学は文明や科学・数学の基本だから、力をいれるのも当然か。
それにしても、……このホベ先生、なかなかいい。
ウェーブのかかった金髪に銀縁の眼鏡。いかにも理科や数学の先生というキリリとした姿。正直言って、もろ好みだ。
びしっとした白いシャツに、ちょっと短めのタイトスカートを決めている。若者があまりいない田舎の村では、普段からかなり目立っている女性だ。かく言う俺も、気にならないといえば嘘になる。なによりも、今にもシャツのボタンをはじけとばしそうな、はち切れんばかりの胸。身体を動かす度に、その胸が揺れる。視線が吸い寄せられる。
はっ。
思わず見とれてしまった自分に気づく。いかんいかん。こんなこと、絶対にケイには言えない。
俺は、先生から目をそらす。わざとらしく、窓の外を眺める。外は、のどかないい天気。ぼかぼかした陽気の中を、ちょうちょがひらひら飛んでいる。
この世界の先住生物達の潜在能力は、本当にすごい。
俺たちが原始的な文明を与えてやってからたった千年くらいで、自力で望遠鏡をくつって天体観測をして、微分積分やらニュートン力学までほぼ完全に理解しつつあるのだ。
まぁ、俺には関係ないことだ。ホベ先生の話を聞きながしながら、俺はいつのまにか居眠りをしていた。
『この惑星の生物達の潜在能力はすばらしい!!』
興奮している俺の姿を、俺自身が他人事のように眺めている。……これは夢だ。あれは、ケイと冬眠に入る前の俺の姿だ。
『それは認める。俺だって宇宙生物学者の端くれだ。この惑星の生物達のタフさには感嘆しているよ。とはいっても、今はまだ原始人だ。連邦基本法において人権を認められる”知的生命体”ですらない。俺たちの仕事は、連中の遺伝子を改造して知恵をあたえ、資源開発の労働力になってもらうことさ』
しかし、同僚にかるく受け流されてしまう。もちろん俺は引き下がらない。
『そんなことしなくても、この連中はいずれ俺たち人類よりも高度な文明を築くのは確実だ。強制的に進化させて、絶対服従の本能を埋め込むなんて、神への冒涜だと思わないのか』
『思わないね。こいつらが文明を発展させ、光速を越えて宇宙に進出し、俺たちと対等に話せるようになるのはいつだ? 千年後か? 一万年後か? こんなお宝いっぱいの惑星を目の前にして、それまで待てるほど我々人類に余裕はないよ』
『だからといって、この惑星にうまれた先住生物達を奴隷にするのが許されるのか? そもそもそんな必要性があるのか? 俺たちには人工知能やアンドロイドがいるじゃないか』
同僚は、ひとつため息をつく。あきれ顔をしながらも、俺をさとそうとする。
『いいか。連邦政府や宇宙軍の中には、惑星への植民とそれに伴うテラフォーミングに邪魔な先住生物など根絶やしにすべきという暴論すらあるんだぞ。それをなんとか阻止するために、俺たち生物学者が必死に考案したギリギリの”人道的”な妥協案が、連中を人工的に進化させ文明を与えて労働力として利用する案だったんだ。……そう、この惑星の先住生物達は、おれたちの奴隷となり、おれたちを神とあがめることで、やっと生き残ることができるんだよ。政治なんて糞喰らえ! だが、これが現実だ』
俺は反論できない。俺だってわかっている。わかっているんだよ。でも、……。
「ホベルッチ先生の天文学の授業はちょっと難しかったもしれないのぉ。みんなは理解できたかな?」
「はーーーい!」
はっ。
俺は眼をさました。ノースちゃんが、肘で俺をつついている。
いつの間にか、ホベ先生の天文の授業はおわっていた。校長先生がみんなの前に出てきて、終業の挨拶をしている。
「天文といえば、……みな知っての通り、我々に知恵と文明と魔法を与えてくれた先史文明人達は、約千年前に星々の海を渡りはるばるこの星までやってきたと言われておる。彼らは、いつかまた必ず帰ってくるはずじゃ。われわれは、その日まで、彼らが残してくれた文明を維持していかねばならん。そのため、みなさんはしっかり勉強する必要があるのじゃぞ。……ごほん、ユージ、聞いておるのか?」
俺は、なぜか腹を立てていた。
「……帰って来ないよ」
「ん?」
「おまえ達が神とたたえる先史文明人は、もう帰って来ない。この惑星は棄てられたんだ」
「ユージ君? それはどういう意味?」
俺に問い掛けたのは、校長先生ではない。ホベ先生だ。眼鏡を光らせながら、厳しい視線で俺を睨みつけている。だが、俺は引き下がらない。
「だから、待っていても無駄だ。待っている必要なんてないんだ。奴らのことなんか忘れて、おまえ達は自分たちの未来を自分たちで切り開いていくべきなんだ!!」
なぜ俺は、こんなに腹を立てているんだ?
「先生! ユージは寝ぼけているんです」
ノースちゃんが、必死に俺の袖をひっぱっている。
「そ、そのようじゃな。年少組にはちょっと難しい話だったかもしれないのぉ。ちょうど時間じゃ。今日はもう終わりにしようかの」
「もう、何やってるのよ! 先史文明人の話はただの神話、というかおとぎ話だけど、本気で信じている人も少なくないのよ。校長先生に推薦もらえなかったらどうするのよ。都の高等学校に入学できなくなっちゃうわよ」
「俺は、……都なんて行きたくないなぁ」
「ええ? ユージせっかく頭いいのに。いっしょに進学しましょうよ。そして、帝国の大学に留学して、貿易商をはじめて、世界中をまわるのよ。あなたもそうしたいでしょ? どうしてもっていうなら、連れて行ってあげないこともないわよ」
満面の笑顔のノースちゃん。こんな田舎に住んでるのに、すげぇバイタリティにあふれた娘だな。俺が同じ歳くらいだったら、この笑顔に一発で惚れてしまったかもしれない。
「ユージ君!!」
ケイだ。迎えに来てくれたのか。
「ここでお別れだ。じゃあな」
「もう」
ノースちゃんが頬を膨らませて睨んでいる。何怒ってるんだよ。お別れっていっても、お互いの家は百メートルもはなれてないだろうに。どうせ日に何度も顔を合わせるのに、いったい何が気に入らないんだよ。
「……ユージ君は、そんなに小さくなっても、プレイボーイなんですね」
ケイが俺の手をつなぐ。くすりと笑いながら、小声でつぶやく。
ななななに言ってるんだ、おまえ。俺が、先住生物なんて相手にするわけないだろうに。
2014.03.31 初出
2014.05.02 誤字をいくつか修正